賭け 1

カチャリカチャリ━。
金属質な音が、しんと静まりかえった部屋に響く。
日課となっている銃のメンテナンス。
ツォンは、この時間が好きだった。
一人で、こうして銃の手入れをしていると、心が落ち着くのだ。
慣れた手つきで、手にした小型の拳銃を分解していく。
22口径セミオートマティック。
メインの武器にするには物足りないが、持ち運びしやすいことと、装填する弾によって様々な用途に使えるのが気に入っている銃だ。
フレームとスライドに分解し、スライドからリコイルスプリングと銃身を取り外す。
バラバラになった部品を丁寧に布を上に置くと、フレームを手に取り、スプレータイプのクリーナーを吹きつけていく。
もう、何年も、いや、初めて銃を手に取った時から数えれば十年以上、毎日、欠かさずに続けてきた日課だった。

初めて銃を手にしたのは、忘れもしない、12歳の時だ。
そのときは、もちろん、撃ち方も知らなかった。
だがそれでも、死んだ父に代わって母を守り自分を守るために、父が遺した拳銃を手にとった。
それは、今、手にしているものと同じ、22口径セミオートだった。
もっとも、今使っているものは、神羅カンパニー製の最新型で、それも自分に合うように様々なカスタマイズを施した代物だ。
あの時、初めて持った22口径は、その後の荒んだ生活の中で自分の手を離れたたため、はっきりとは覚えていないが、普通の民間人が持つ、一般的な、そしてさほど高価ではないものだったはずだった。
そうであってみれば、今、使っているもののような造りのしっかりした、マグナム弾にも耐えられるような、肉厚のずっしりとしたメタルフレームであったはずがなく、おそらく、極力コストを減らした、軽いフレームだったはずだった。
だが、12歳の子供にとっては、それでも、かなりの重さがあっただろう。
あのとき、手のひらに感じた重みと冷たさは、10年以上たった今でも、はっきりと覚えていた。
時折、そのせいで、自分は、22口径を持つことをやめないのかもしれない、と思うことがある。
22口径は、弾自体の威力はあまりない。
それに、手のひらに乗る程度のコンパクトな大きさから、護身用に持たれることが多いハンドガンで、ツォンのように職業として拳銃を扱う者が持つことはあまりない口径の拳銃だった。
もっとも、マグナム弾を使用すれば、威力は跳ね上がる。
それでも、38口径のマグナム弾には及ばないし、22口径の特色である初速の速さだが、それとて、38口径でも同じくらいの速度が出る弾もあるわけで、わざわざ22口径を選択する必要はない。
そんなわけで、ツォンの22口径を見た同僚は、たいてい驚くのだ。
もちろん、理由はある。
護身用として民間人が持ち歩くことを考えられた拳銃のため、フレームの表面の凹凸を極力減らした構造で、隠し持つにちょうどよく潜入任務には最適だったし、22口径ならではの超軽量の特殊な弾があり、それを装填すれば、射程が驚くほど伸びる。
それに、ツォンの拳銃のような重量感のあるフレームならマグナム弾を撃った場合も反動が少なく、かなりのスピードで連射ができる等々。
それを言うと、同僚たちは一様に、なるほど、と納得した顔をする。
そして、実際、そのとおりの使い方をツォンはしていたし、かなり使い勝手のいい拳銃であることは確かだった。
だが、到底、メインの武器にはなり得ないにもかかわらず、潜入以外の任務であっても、携行する武器の中に、無意識にこの22口径も選んでいる自分に気づくたびに、かつて、小さな手のひらで感じた、あの重みを思い出すのだった。

フレームに丁寧にクリーナーを吹きつけ、汚れを落としていく。
今日は、実戦で使ったわけではなく、訓練で使用しただけだ。
それでも、汚れはかなりついており、洗い流された火薬の粉で、テーブルに敷いた布は見る間に黒く染まっていった。
トリガーの部分には、念入りにクリーナーを吹きつけ、ある程度汚れが落ちたら、布で丁寧に拭きあげていく。
スライドとリコイルスプリングも同じようにクリーナーで汚れを落とし、最後に、銃身を手に取る。ここは最も汚れる部分だ。クリーナーではなく、溶剤を吹き付け、銅と鉛を溶かして汚れを落とす。
ほんのわずかの汚れが動作不良の原因にならないとも限らない。
自分の命を預ける武器だ。
もうすっかり手が覚えている作業ではあるが、異常はないか点検をしながら、ゆっくりと丁寧に汚れを落としていった。
そして、クリーニングが終わったところで組み立て、軽くオイルを差す。
2度3度とトリガーを引いて感触を確かめると、弾倉をセットし、テーブルに置いた。
そして、その横に並んでいる次の銃を手に取る。
ツォンが最も気に入り、信頼して使っている、38口径のリボルバーだ。
6インチの長めの銃身で、命中精度の高さは文句のつけようがない。
マグナム弾を装填するため、威力も申し分のないものだった。
だが、これをメインの武器にしている、と知ると、またほとんどの者は驚く。
常に戦闘と隣り合わせの彼らの仕事からすれば、装弾数から言っても、リロードのしやすさから言っても、セミオートの方が圧倒的に使いやすいからだ。
ツォンも、もちろん、先ほどの22口径をはじめ、他にも38口径と45口径のセミオートも持っている。
38口径セミオートは、 ごく一般的な、汎用性の高い、言わば軍用拳銃だ。
これもツォンの好きな長い銃身と肉厚なメタルフレームのため、バランスに優れ、命中精度も高く反動も少なく素早い連射が可能、と、使い勝手は非常によく、とくに、乱戦状態の銃撃戦などでは役に立つ。神羅軍の一般兵士の基本装備もアサルトライフルと、この38口径セミオートだった。
そして45口径セミオートは弾が大きいだけに威力は申し分ない。
マグナム弾を装填すれば対モンスター用にも威力を発揮する。
だが、弾の速度が遅いため貫通力に劣り、防弾アーマーなどを貫通することができない、という欠点がある。
つまり、相手が、自分と同じようなプロや、軍用装備に身を固めた兵士には、あまり効果を期待できない武器ということになる。
だが、実はサイレンサーとの相性がよく、射撃音を非常に小さくできるのである。
つまりこれは、サイレンサーを使うような任務、要するに、いかにも「タークス的な」任務には必要不可欠な武器なのだった。
この3つのセミオートがありながら、それでも、リボルバーがメインの武器となっているのは、ツォンにとって命中精度の高さは非常に重要で、その点ではセミオートよりリボルバーに軍配が上がるからだった。
むろん、セミオートはあたらない、というわけではない。
ツォンの腕を持ってすれば、リボルバーだろうとセミオートだろうと、的をはずすことはほとんどないと言ってよかった。
要するに、問題となるのは、ほんの数ミリの誤差の話なのである。
それでも、ツォンにとっては、どんなに性能のいいセミオート拳銃が開発されようと、寸分たがわぬピタリとした位置に、弾が吸い込まれていくような感覚のあるリボルバーを手放す気にはなれず、どんな時でも、かならず、このリボルバーは携帯するのだった。

ざっと表面を点検し、シリンダーを外そうとドライバーを手に取る。
だが、その時だった。
不意に鳴ったインターフォンに、ツォンは、眉を寄せた。
こんな時間に家に来る知り合いなどいない。
というより、そもそも、ツォンの自宅を知っている者など、ほとんどいないのだ。
友人、と呼べるような者はいないし、恋人といえるような相手もいない。
もっとも、関係を持った女たちがいないわけではないが、彼女たちに自宅を教えるようなことはしたことがなかった。
それに、タークスはその特殊性から、その住所は社内でも極秘にされている。
そんなわけで、同僚たちも、ツォンの自宅を知っているのは、主任のヴェルド他、親しい数名程度にすぎなかった。
それに、ヴェルドとも他の同僚たちとも、先ほどオフィスで別れたばかりだ。
突然、こんな風に自宅を訪ねてくるなど不自然だった。
ツォンは、スペアの弾を入れたスピードローダーを手に取り、すばやくリボルバーのシリンダーに弾を装填すると、そっと立ち上がった。
テーブルに置いてあった22口径を尻ポケットに差し、静かに部屋のエントランスに向かう。
もう一度、インターホンが鳴った。
そっとドアに近づき、モニターから外の様子を伺う。
だが、ドアの外に立っている姿を見るなり、ツォンは、目を瞬いた。
もちろん、そこに立つ人物を、ツォンはよく知っていた。
確かに、その人物ならツォンの自宅を知っていても不思議はなかった。
そう、不思議ではない。
だが……もっともここにいる理由のない人物だった。
もう一度、インターホンが鳴る。
それには応えず、念のため、可動式のカメラを動かし、辺りの様子を探る。
だが、誰かが隠れている様子も、そしてまた、その、ドアの外に立つ人物が偽者でありそうな様子もない。
やがて、ドアの外の人物は、肩をすくめると、踵を返した。
背筋を伸ばした、姿勢の良い後ろ姿が遠ざかる。
ツォンは慌てて、ドアを開けた。
「副社長…?」
後ろ姿を見せていた、その人物が振り返る。
まぎれもなく、それは、ツォンの上司である神羅カンパニー副社長、ルーファウス神羅だった。
「いたのか」
眉を寄せ、ルーファウスが不機嫌そうに言う。
「遅いぞ」
「申し訳ありません」
ツォンは、廊下の左右に視線を飛ばしながら、ルーファウスを室内へ招き入れた。
「どうぞ、中へ」
ルーファウスは、ちらりとツォンの手に握られたリボルバーに目をやったが、何も言わず、うながされるままに室内に足を踏み入れた。
「いったい、どうなさいました? SPはどこです?」
ドアに鍵をかけながら、ツォンは言った。
「まいてきた」
ルーファウスの答えに、ツォンは、思わず手を止めた。
「なんということを……」
言いかけたツォンに向かって、ルーファウスは、うるさそうに片手を振った。
「たまには自由に出歩きたいんだ」
「なにかあったら、どうなさいます。こんな夜遅くにお一人で出歩かれるなど━」
思わず叱責の口調になったツォンを、ルーファウスはじろりと見上げた。
「おまえ……ガミガミ親父のヴェルドに似てきたな……!」
形のいい唇からこぼれた辛らつな言葉に、ツォンは思わず、言いかけた言葉を飲み込んだ。
そのまま、言葉に詰まったツォンを見上げ、ルーファウスが皮肉めいた笑みを浮かべる。
その表情に、してやったり、とでも言いたげな色を見つけ、ツォンは思わず、深いため息をついた。
この少年との付き合いは、まだ四ヶ月程度のものだ。
決して長いとは言えない付き合いだが、そのうちの一ヶ月ほどは、ルーファウス付き、とでもいうような役回りを任務として与えられていたこともあり、この少年が、きれいな美少女のような外見にもかかわらず、かなりしたたかで、一筋縄ではいかない人物であることは、ツォンもすでに知っていた。
とはいえ、こんな風に、突然、家に訪ねてくるほど親しい付き合いをしていたわけでは、もちろんない。
ルーファウス付きだったとは言え、それはあくまでも任務に過ぎず、勤務時間外に親しく話をしたことすらない相手だ。
一体なぜ、こんなところにルーファウスが来たのか、しかもSPをまいてまで、なぜ……と疑問は後から後からわいてくるが、当のルーファウスは、さっさとリビングに入ろうとしていた。
「では、ここに副社長がいらっしゃることは、誰も…?」
あわててその後姿を追いかけながら、言う。
「知らないだろうな」
「………」
ツォンは、もう一度、深いため息をついた。
「……とりあえず、ヴェルド主任に連絡させてください」
「だめだ」
ぴしゃり、と言葉が返ってくる。
「こんなところでは、副社長をお守りできません」
ルーファウスは、肩をすくめた。
「私がここにいることなど誰も知らん。だったら、襲ってくる奴らもいないだろう?」
「ですが…万が一のことがあっては……」
「そのときは、お前がいるんだ。私一人くらい守れるだろう?」
ツォンは、思わず、また言葉に詰まった。
確かに、この状況で、この場所が襲われる、という可能性は低い。
それに、万が一、襲撃されたとしても、先ほど、ルーファウスにはこんな場所では守れないと言ったが、実は、この家にもひそかに様々な防御は施してある。
一見、普通のマンションの一室だが、実は、タークスのメンバーが住む家は、いざという時には要人を匿うための一時的な隠れ家になるのである。
というよりも、そうした保護施設をタークスは各地に複数、有しており、そのうちのいくつかにタークスのメンバーが住んでいる、といった方が正しい。
そのため、セキュリティは万全だったし、万が一、異常が発生すれば、即、主任のヴェルドに警報が届くようになっていた。
それに、一ヶ月程度は篭城できるほどの備蓄品も備えてあったし、ひそかな脱出口も作られているのである。
つまり、万が一、ここが敵に襲撃されたとしても、爆撃でもされない限りは、あるいは、完全武装の一個中隊あたりに襲撃されない限りは、応援が来るまでの間、ツォン一人でルーファウスを守ることはおそらく可能だった。
そのことを、この、新しい副社長が知っているかどうかはわからない。
なぜなら、タークスは、ある意味、プレジデントの直轄部署で、プレジデントとタークスの主要メンバー以外には知らないこと、というのが、かなり存在するからである。
そして、こうした、セキュリティに関する問題については、かなりの部分、プレジデントとタークスのみに許された極秘事項であることが多かった。
プレジデントがどこまでの情報を、ルーファウスに渡しているかというのは、もちろん、ツォンにはわからない。
だが、あのしたたかなプレジデントが、息子であるとはいえ、ルーファウスに情報を全て開示しているとは考えにくかった。
それに、と思う。
この、世界で最も有名な父子が、その見せかけとは裏腹に、あまり良好な関係を築いていないことは、ツォンもすでに気が付いていた。
もちろん、十五歳の少年が父親に反抗するのは、成長過程として当然のことだ。
だが、二人の間にあるのは、それとは違う、もっと冷たい、そして根の深い亀裂のようで、二人が一緒いる時は、なんともいえぬ緊張感をはらんだ空気が張り詰めるのだ。
もちろん、二人ともそんなことは顔には出さない。
おそらく、一ヶ月の間、常に近くにおり、そして、注意深くルーファウスを見守っていたツォンだから気づけたことだった。
「おまえがヴェルドに叱責を受けるというのなら、心配するな。もし、万が一バレたとしても、全て、私の命令だったと言えばすむ」
「そのようなことは心配しておりませんが……」
ツォンは、困りきってつぶやいた。
一体、なぜ、ルーファウスはこんなところに来たのだろう、と思う。
SPをまいてまで、なぜ、部下の一人に過ぎない自分の家などに来たのか。
ルーファウスの言うように、ただ、たまには自由に歩きたいだけだったのだとしたら、他に、いくらでも行く場所はありそうなものだった。
だが、そこで、ふと思い出す。
ルーファウスが副社長に就任して、まだ間もない頃のことだ。
その日は、カンパニーから大学へ行き、またカンパニーに戻るというスケジュールだったこともあり、神羅家のSPではなく、ツォンが大学内での警護も担当することになっていた。
基本的に、カンパニー以外のルーファウスの用事の警護はSPが担当することになっており、大学へ付き添うのは、ツォンには初めてのことだった。
社用ならばともかく、大学内であまり大っぴらに警護をするのも威圧感があるだろうと、ツォンは、なるべく控えめに目立たぬよう、ルーファウスを警護した。
そうは言っても、やはりルーファウスの近くにいなくてはならないことに変わりはなく、いつでもルーファウスの周りは微妙な空間ができ、学生たちが皆、ルーファウスを遠巻きにしているような雰囲気がひしひしと伝わってきた。それで、ツォンは、カフェテリアでの昼食の際、「お食事の間だけでも、少しだけ離れていましょうか?」と言ったのだった。
不思議そうに、なぜだ、と聞き返したルーファウスに、「ご友人とお話などされたいのではないですか?」と言ったのだ。
自分がいるせいで、友人たちが近寄って来れないのだろうと思ったからだ。
だが、その瞬間、ルーファウスの顔に浮かんだのは、純粋な驚きの表情で、それをみたツォンも驚いた。
思いもよらぬことを言われた、という表情だったからだ。
だが次の瞬間、ルーファウスの顔には、いつもの皮肉めいた笑みが浮かび、「そんなものはいない」と言ったのだった。
確かに、大学に通っているとはいっても、カンパニーの仕事の合間をぬって、講義に出席し、レポートを書き提出するような状況だ。友人など作る暇はないだろう。それに、それまでは、すべて家庭教師が勉強を見ていたと聞いたことがある。
それでは、同じ年頃の友人など、作る術はなくても当然だった。
それに、同じ上流階級の人々との付き合いはあるようだが、それも、ツォンの知る限り、同じ年頃の若者たちと親しく付き合っている姿は見たことがなかった。
こういう時に、気軽に会うことができる友人などは、ルーファウスにはいないのかもしれなかった。
「……わかりました」
ツォンがため息混じりに呟くと、ルーファウスがわずかに眉を上げた。
「こんなところでよろしければ……どうぞ、おかけください」
ルーファウスが小さな笑みを見せる。
その表情に、結局全部、ルーファウスの手の内か、といくぶん苦く思う。
ルーファウスは、そんなツォンの心には頓着せず、軽くうなずくとさっさとソファに腰を下ろした。
そして、興味深そうに室内を見回す。
だが、やがて
「なにもない部屋だな」
いくぶん、あきれたような声で言った。
「……まあ、おまえらしいと言えば、おまえらしいか」
「はあ…」
なんとも答えようがなく、ツォンは呟くように答えた。
確かに、自分でも、殺風景な部屋だとは思う。
エントランスを抜けると、一つドアを隔てて、一つの大きな部屋になっている。
キッチンとリビングダイニングで、椅子が二脚セットになったテーブルセットと、キッチン近くの壁際にPCを置いたデスク、そして、リビング側にソファセットが置いてある。
調度品といえばそれだけで、リビングの反対側の壁にはドアがあり、その奥が寝室だが、その寝室にもベッドが一つあるだけだ。
衣類や銃器、その他のこまごましたものはすべて、作り付けのクローゼットにしまってあり、それだけで事足りていた。
もともと、物が少ないのだ。
その上、家具はほとんどモノトーンで統一されており、それも、部屋を殺風景にしている原因なのかもしれなかった。
さりげなく、デスクに近づき、コンピューターを操作し、室内のセキュリティレベルを一段階上げる。
このシステムを使って、ヴェルドに連絡することも、実は可能だった。
少し考え、だが、結局、なにもせずに、コンピューターを閉じる。
そして、手早く、テーブルの上の銃器類を片付け始めた。
「銃の手入れをしていたのか」
ルーファウスは興味を覚えたようで、立ち上がると、テーブルに近づいた。
「はい」
「全部、おまえのものか?」
「はい。いつもすべてを持ち歩いているわけではありませんが」
「持ってみてもかまわないか?」
「はい、もちろん」
ツォンは、38口径セミオートを手に取り、弾倉が空なことを確認すると、ルーファウスに手渡した。
「38口径です」
「……重いな」
ルーファウスが眉を寄せる。
「ロングバレルですし、ダブルスタックの弾倉を使っておりますので、通常のものよりも重いかと思います」
ルーファウスは、少しの間、興味深そうにその銃をひねくり回していたが、そっと、テーブルの上に戻した。
そして、その隣においてあるリボルバーに目をやった。
「それは?」
「38口径リボルバーです」
言いながら、シリンダーから弾を手早く抜き取り、ルーファウスに渡してやる。
手に持った瞬間、また、ルーファウスの眉が寄った。
「……これも重いな…。重いのが好きなのか」
ツォンは、思わず苦笑した。
「……好きというわけではありませんが、重いほうが使いやすいというのはあります」
「そうなのか?」
「マグナム弾を撃つことが多いので、あまり軽いフレームですと、反動が大きすぎて命中精度が落ちます。連射もできません」
「なるほど……」
ルーファウスは、両手でリボルバーを持ち、ゆっくりと腕を上げた。
だが、顔をしかめる。
「……よくこんなものを片手で撃てるな」
ツォンは、かすかに微笑んだ。
「副社長も、訓練すれば、これくらいなら片手で撃てるようになりますよ」
「そうなのか?」
「はい」
ルーファウスは、もう一度、リボルバーを持ち上げ構えた。
きちんと誰かに習ったものだろう。
銃の持ち方も、構え方も、正しいしっかりとしたものだった。
「どれくらい訓練すれば撃てるようになる?」
「そう……ですね。一年ほども訓練すれば大丈夫だと思います。ただし、副社長はまだ成長期ですから、そのような訓練は早いですよ」
持ち上げたリボルバーを下ろし、ルーファウスはいくぶん不満げにツォンを見つめた。
「早い?なぜだ」
「成長期にあまり筋肉をつけてしまいますと、身体を壊します。それに、まだ身長も伸びますから、あまり筋肉を鍛えない方がよろしいかと思います」
「ふむ……」
「あと2、3年もすれば、身体もできあがりますから、それまでの我慢ですよ」
幾分、不満そうに自分の体を見下ろしたルーファウスに、ツォンは苦笑を浮かべた。
この年頃の少年は、待てといわれることが嫌いだ。
自分にできないことなどない、と、常に背伸びをし、上へ上へ、前へ前へと進もうとする。
22口径を握りしめ、ミッドガルのスラムを歩いていた暗い目の少年を思い出す。
身体の成長が早かったこともあり、自分が大人びて見えることに気づいてからは、ずっと年齢を偽っていた。
だが、外見のせいでまともな職にはありつけず、結局、行き着いた先はその手の組織だった。
組織の手先となって連絡係、運び屋、窃盗、なんでもやる毎日だった。
もっともツォンに限らず、スラムに大勢いた、貧しい少年たちはみな、そうやって暮らしていた。
あのまま、あの街にいたら、今頃、どうなっていたのだろう、と思う。
おそらく、そのまま組織の一員となり、あのころと大して変わらぬ日々を送っていただろう。
あるいは、刑務所行きになっているか、あるいは、すでに死んでいるか、そんなところだろう。
(もっとも、やっていることは、今とそう変わらないか)
皮肉めいた気分で思いながら、クリーナーや汚れた布を片付けていく。
「途中だったのだろう?そのまま、続けていい」
ルーファウスが、リボルバーをテーブルの上に戻しながら言った。
「いえ、後ほど、またやりますので」
「私も見てみたい」
その言葉に少し驚く。
目を上げれば、ルーファウスの瞳は、子供らしい好奇心に輝いてツォンに向けられていた。
こんな風に、ルーファウスが素直に感情を面にあらわすのは、非常に珍しい。
普段は、ほとんど表情を変えない。
無表情、というのではないが、感情を他人に悟らせない、と言ったほうがいいだろうか。
本来、十五歳というのは、もっと喜怒哀楽のはっきりした年齢であるはずで、そして、そんな不安定な内面を持て余す年齢でもあるはずだ。
それなのに、ルーファウスは、常に、背筋を伸ばし、人形のように整った端正な顔をまっすぐにあげて歩き、学業でも仕事でも、そして、自分よりはるかに年齢が上の部下たちに対する態度でも、決して、未完成な十五歳の姿を見せることはなかった。
その姿は、確かに神羅の後継者としてはふさわしいものだった。
だが、たった一ヶ月の間ではあったが、毎日、一緒に過ごしていればわかることもある。
ルーファウスが、時折、ふとした瞬間に、年齢相応の少年らしい表情を垣間見せることがある。
それこそが本来のルーファウスであって、普段、ルーファウスが面に見せている姿は、厳しく己を律したものなのだ。
それに気づいてからは、ツォンは、神羅カンパニー副社長として、毅然とした姿を見せるルーファウスを見るたびに、ひそかに、痛ましさを感じていたし、そして、ほんの時折、自然な感情をあらわにした表情をルーファウスが見せると、ほっとしたものだった。
そしてまた、共に過ごす時間が増えるごとに、自分にそうした表情を見せてくれる回数が増えてきたことを感じ、まるで、慣れない猫が次第に、自分との距離を縮めてきているようなそんな、なんとも言えず温かい気持ちになった。
だがここ最近は、ルーファウスに護衛として張り付く機会もめっきり減り、そんなルーファウスの姿を見ることもなくなって久しい。
こんな風に、ルーファウスの素の姿が見れたのも久しぶりのことで、ツォンは、そっと微笑んだ。
「わかりました」
ルーファウスに、椅子をすすめ、向かい側に座る。
そして、38口径セミオートを手に取った。

2014年9月22日 加筆修正・再up

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