つかの間の夢 11

(疲れたな……)
夕方、エルフェを、今までの他の女たちと同じように、さっさと別荘から追い出したように見せかけ、ルーファウスは、一人、ベッドに横たわっていた。
敵であるテロ組織との内通という、神経を使う仕事を終えた後で、精神的に疲れていた。
だが、ツォンの目をごまかすことを考えれば、夜の街に出かけ、ばか騒ぎを繰り広げ、女の一人や二人は、連れて帰ってこないとまずいだろう、と思う。
とは思うものの、どうにも気が進まない。
女を誘うにも、なるべく、遊んでいそうで、割り切れる女でないとだめだ。
娼婦でもいいくらいだが、金を出して女を買う、という行為には、どうしても抵抗がある。
金を払い、セックスはなしで、ただカモフラージュに付き合ってくれる相手を探すことも考えたが、その者から秘密が漏れる可能性もある。
正直、男のほうが気が楽な気もしてくるが、さすがに、ゲイであるといううわさを立てられれば、セフィロスとのことが明るみに出る危険も増えるわけで、危険は犯せなかった。
この一ヶ月の乱行ぶりは、我ながら、かなりものだと思う。
だが、確かに、金は湯水のように使ってはいたが、実際に、乱行、といえるようなものはしていないのが事実だった。
もちろん、昼間、店や海岸など、人目につくところで、女達と戯れてはいる。
だが、行為に及んだ相手は、数人しかいないのが本当のところだ。
(結局、こういう生活は向いてないな)
ルーファウスは、ひそかに苦笑した。
なんとなく、一階の物音に耳を澄ます。
この別荘は、風を通しやすい、なるべく壁を作らない、解放感のある造りにはなっているものの、そこは神羅の別荘である。
造りはかなり強固なもので、こうして窓や、テラスのシャッターを閉め切ってしまえば、少しの攻撃にも耐えうるような造りにはなっていた。
当然、外の音などはまったく聞えず、一階の様子も、まったくわからない。
あの、生真面目な顔をした、だが、その下に、油断のならない裏の顔を隠した黒髪の男は、何をしているのだろう、と思う。
当然、この週末、ツォンだけで、ルーファウスの警護をするのは無理である。
おそらく、もう、SPなり、交代のタークスなりが到着しているだろう。
とすれば、一階の、警護詰所で寝ているかもしれなかった。
(今日は……もういいか……)
のんびりと、身体を伸ばしたところで、小さな音に気づいた。
プライベートの携帯が鳴っていた。
表示されているの番号を見て、あわてて、通話ボタンを押す。
「セフィロス?」
『ああ。ミッドガルに帰ってきた。いま、どこだ』
「コスタにいる」
『コスタ?』
さすがに、セフィロスも驚いたようだった。
『休暇か?』
「いや、毎週末、ここにきている」
『ふむ』
「こっちにこれないか?」
『まあ……ヘリを飛ばせば行けるが』
「それなら、来てくれ。ミッドガルでは、もう会えない」
『そうなのか?』
「ああ、親父にマークされている」
『ふむ。わかった、すぐに行く。神羅の別荘か?』
「ああ。わかるか?」
『わかる。警備は?』
「別荘は通常警備。私には、警護が二人か三人ついている」
『わかった』
「タークスが一人いる」
だが、それへの答えは、ふん、というものだった。
「2階東の窓の鍵をあけておく」
『ああ。わかった』
ぷつり、と通話が切れる。
ルーファウスは、立ち上がり、窓の鍵を開けに行った。
カーテン越しに、少し離れたところにあるホテルの灯りが煌々と輝いているのが見える。
その分、ルーファウスのいる別荘は、暗く闇に沈んで見えた。
だが、もちろん、夜ともなれば警備員も大っぴらに巡回できる分、昼間よりも厳重な警備が敷かれていることは想像に難くない。
とはいえ、セフィロスは、どんな警備だろうとものともせず、難なく、ここまで来るだろう。
ふと、ツォンは、セフィロスに気づくだろうか、と思う。
気づくような気もした。

□■□■□■□

ふと、唇に柔らかい感触を感じ、ルーファウスは目を覚ました。
目の前に、蒼い鮮やかな瞳があり、目を見開く。
「来たぞ」
深い声が耳元で囁き、ルーファウスは、笑った。
待っている間に寝てしまっていたようだった。
「何時だ?」
「夜中の2時だ」
「窓から?」
「ああ」
ルーファウスはくすくすと笑った。
「英雄が、窓から忍び込むところなど、見られたら大変だな」
「まったくだ」
そう言って、セフィロスはもう一度、唇を重ねた。
そのまま、ルーファウスのシャツのボタンをはずしながら、喉に唇を這わせる。
申し訳程度にとめただけだったボタンは、すぐに外され、シャツをはだけられる。
あらわになった胸元に、セフィロスの唇を感じ、ルーファウスは、銀色の頭を抱き込むようにして、喉を仰向けた。
だが、ふと、セフィロスがその動きを止めた。
ルーファウスの唇に、人差し指をあて、静かに、というような仕草をすると、身体を起こす。
ベッドサイドの壁に立てかけてあった愛刀をとりあげると、ゆっくりと、鞘から抜き出した。
暗闇に、刃がきらりと光る。
足音をまったく立てずに、窓の横に移動すると、壁にぴたりと身体をつけた。
ルーファウスは耳をすませた。
だが、なんの物音も聞えない。
そのとき、わずかにカーテンが動いた。
その瞬間、風のように、セフィロスが動いていた。
まったく音を立てず、まるで銀の光が走ったかのような錯覚に陥るほどの、一瞬の動き。
そして、ルーファウスが我に帰った時には、セフィロスは、静かに、正宗の切っ先を相手につきつけたまま、そこに立っていた。
刀は、相手の喉元に、触れんばかりの位置に、ピタリとつけられている。
その前に立っているのは、ツォンだった。
ツォンの拳銃も、セフィロスの眉間を、あやまたず、狙っている。
「また、おまえか」
セフィロスが、あきれたように言う。
「おまえには、何度も銃をつきつけられるな」
かすかに笑いを含んだ声。
「ルーファウス」
「……ああ」
「こいつは殺していいのか」
あっさりと言われた言葉に、ルーファウスは思わず苦笑した。
「だめだ」
「こいつはタークスだろう。プレジデントの犬だろうが」
「でも、だめだ」
ルーファウスは、ベッドに身体を起こし、はだけられたシャツを引き寄せ、ほとんどむき出しになっていた両肩を隠した。
「ツォンは、大丈夫だ」
セフィロスが、眉を上げる。
「プレジデントに報告されたら困るのではないのか」
「ツォンは、報告しない」
ルーファウスは、そう言うと、ツォンを見つめた。
ツォンの黒い瞳が、ルーファウスを見つめ返す。
やがて、ふと、小さな吐息をつき、ツォンの手がさがった。
「私の職務は、副社長をお守りすることですから」
刀を突き付けられているというのに、その声は、まったくいつもの、冷静な声だった。
「副社長がご無事なら、問題ありません」
ルーファウスは小さくうなずいた。
「セフィロス。そういうことだ」
セフィロスは、肩をすくめると、刀を引いた。
「ツォン。このとおり、侵入者はセフィロスだ。問題ない」
「はい」
ツォンが頭を下げる。
「では、失礼します」
「ああ、ごくろう」
ツォンは、静かに部屋を出ていった。
それを見送り、セフィロスは刀を鞘にしまった。
そして、ベッドに膝を乗り上げると、ルーファウスの身体を引き寄せた。
「気に食わんな」
もう一度、シャツを脱がせながら言う。
「……なにが?」
「おれが入ったことに気がついた」
ルーファウスはくすくすと笑った。
「タークスだからな。それくらいは気がついてもらわなくては困る」
セフィロスは、ルーファウスの目をのぞきこんだ。
「おまえ、試したな?」
ルーファウスは、眉をあげた。
「あいつが気がつくか気がつかないか、試しただろう」
ルーファウスは、笑った。
「べつに、試したわけじゃない。ただ……ツォンなら、気づくかもしれない、とは思ったが」
「ますます、気に食わん」
ルーファウスは目を瞬いた。
「別に、ツォンが気がついたところで、どうということもないだろう?おまえが負けるわけはない。結局、こうなったじゃないか」
セフィロスは、何も言わず、ルーファウスの服をはぎとり、下着に手をかけ、一気に引き下ろすと、その両足を抱えあげた。
その有無を言わせぬようなやり方に、ルーファウスは、セフィロスの目をのぞきこんだ。
「………怒っているのか」
セフィロスは手を止め、あきれたようにルーファウスを見下ろした。
「怒ってなどいない。これは、嫉妬、というんだ」
ルーファウスは驚いて、目を見開いた。
「なんだその顔は」
セフィロスが、苦笑する。
「おれをなんだと思っているんだ。英雄だろうがなんだろうが、普通の人間だぞ」
「それはそうだが………」
「どうも、おれは独占欲が強いらしいからな」
「らしい?」
「ああ、今までは気がつかなかったが、おまえのことになると、どうもだめだ。だから……」
セフィロスは、ルーファウスの目をのぞき込んだ。
「他の男に気を取られるなよ」
獰猛な、獣のような瞳に、圧倒される。
噛みつくように、唇を重ねられ、激しく貪られる。
首筋から鎖骨へと落とされた唇が、肌を強く吸い上げる。
ピリリと痛みが走り、そこに、痕をつけられたのだと知る。
「…んっ……」
それだけではなかった。
胸元、脇腹、次第に、セフィロスの唇が下に降りていきながら、そこかしこを、強く吸われる。
痛くはない。
だが、むずがゆいような、痺れるような、なんともいえない感覚で、肌を動く唇の感触と相まって、じわじわと情欲をかき立てられる。
「いい眺めだ」
からかうように言われて、目を落としてみれば、自分の身体に、点々と赤い痕が散っているのが見えた。
扇情的なその光景に頬が火照る。
ルーファウスが見ている前で、見せつけるように、セフィロスが唇を肌に落とす。
そのままゆっくりと下にたどられ、勃ちあがりかけているそれを、舐められた。
快感に思わず目を閉じ、熱い吐息を漏らす。
だが、唇は、すぐにそこを離れ、その付け根あたりをきつく吸い上げた。
「……んん……」
足の付け根、太ももの内側、そして、いつもセフィロスを受け入れる箇所の周り。
肝心な場所をかすめるように、セフィロスの唇が愛撫をくわえていく。
ルーファウスは、もどかしさに、首を振った。
「セフィロス……っ」
「なんだ」
「もう……っ……」
「もう、なんだ?」
セフィロスが意地悪く笑い、また、肌にキスを落とす。
ルーファウスは唇を噛んだ。
欲しい、と。
入れて欲しい、と言えばいいのはわかっている。
だが、どうしても言えない。
これほど身体がセフィロスに慣れ、抱かれることに慣れたにも関わらず、言えない。
もっとも、快感の渦に突き落とされ、わけがわからないほど翻弄されてしまえば、別だ。
理性など保てず、あまりの快感に泣きながら、あらぬことを口走る羽目になる。
だが、こんな風に、頭が冷静なうちは無理だ。
「んううっ…!…」
すっかり勃ちあがったそれをかすめ、唇がその後ろ側を吸い上げる。
ぞくりと快感が走り、身体が震える。
弱いところを確実に攻められ、容赦なく追い上げられる。
「どうして欲しい?」
からかうようにセフィロスが言う。
ルーファウスは首を振った。
「言え」
首を振る。
「仕方ない奴だな」
セフィロスが笑い、指が一本、するりとそこに差し込まれた。
安堵に、吐息をつく。
だが、その指は、ほんの少し挿れられただけで止まり、しかも、ルーファウスの感じる場所から逸れたところに当てられて動かない。
「……セフィっ……ロス……!」
思わず、セフィロスを見上げ、目で訴える。
「そんな顔をしてもだめだ。言え」
無意識に腰が動く。
だが、埋め込まれた指は、ルーファウスの欲しいものをくれない。
セフィロスのもう片方の手が、するりと、すっかり勃ちあがり、震えているそれを撫で上げる。
「んんんっ!」
もう、限界だった。
「……欲しい……」
「ん?」
「……れて………」
「聞えん」
「……入れて欲しい……っ」
「いいだろう」
ググっと、熱く硬いものが、ルーファウスの身体をこじあける。
焦らされた場所を、硬い切っ先が抉り、奥まで、一気に貫かれる。
「…んんんんんっ……!!」
いきなり、絶頂にほうり上げられ、背が反りかえった。
セフィロスが笑ったのがわかる。
埋め込まれたものが、引き抜かれ、身体を抱き起こされる。
後ろから引き寄せられ、座ったセフィロスの上に下ろされる。
「待っ……っ!」
身体を支えようと手を伸ばすが、それより早く、腰をつかまれ、一気に下まで降ろされる。
「ああああああっっ」
硬く勃ちあがったままのそれに、また、奥まで串刺しにされ、身体をがくがくと震わせた。
「……っあ……っ……あっ……」
セフィロスのたくましい身体に背をあずけ、息を詰まらせる。
全身を駆け巡る快感に硬直した身体を、後ろから抱きしめられる。
「おまえはおれのものだ」
耳元でささやかれ、背筋がぞくぞくと震えるのを感じながら、ルーファウスは何度もうなずいた。

□■□■□■□

夜が明けたばかりの海は静かだ。
波が穏やかに砂浜に打ち寄せ、また、引いていく。
ルーファウスは、海辺に立ち、まだ穏やかな太陽の光を反射して、キラキラと輝く海を眺めていた。
当然、他に人の姿はなく、この時間は、まだ、海を走り回るジェットバイクもない。
とろり、とした静けさの中、波の音だけが静かに辺りに響く。
ルーファウスは、この時間が一番好きだった。
セフィロスは、昨日一日、別荘でルーファウスと過ごし、夜明け前に、ミッドガルに帰っていった。
ルーファウスも、そろそろ、ここを発ち、出社しないとならない時間だった。
ふと、気配を感じ、振り向くと、ツォンが、少し離れたところに立っていた。
ルーファウスは、思わず、苦笑した。
「おまえは、いつ寝ているんだ」
「SPと交代で、寝ておりますから」
交代で寝ているとはいえ、睡眠時間は少ないはずだ。
それでも、いつもの黒服に身を固めたその姿は、まったく疲れた様子も見せず、そこに立っている。
「時間か?」
問いかけたルーファウスに、ツォンは、軽く頭を下げた。
「そろそろ、お食事をなさいませんと、間に合いません」
「そうだな。わかった」
ルーファウスは、身を翻し、別荘に向かって歩き出した。
だが、そこで、ふと足を止める。
「ツォン」
「はい」
「……また、借りができたな」
ツォンが、一瞬、とまどったように口を閉ざす。
だが、小さく首を振った。
「いえ。あれは、私の意志ですから、お気になさらないでください」
ルーファウスは、ツォンの、表情を消した顔を見つめた。
「そういえば……この前も、感情、と言っていたな」
「はい」
ルーファウスは、首をかしげた。
「正直なところ、なぜ、おまえが、わたしの利益になるように動くのかがわからん」
ツォンの眉が、かすかに寄せられる。
ふと、ルーファウスは、このツォンという男は、意外に、感情が豊かなのかもしれない、と思った。
無表情に見えるのは、表情を消しているからだ。
その証拠に、よく見ていなければ気がつかないほどではあるが、こうして、時折、小さな変化が閃くように、顔に現れる。
「親父の命令を遵守しようとすれば、おまえはとっくに、私とセフィロスのことを、親父に報告しているはずだ。それに、おまえは、私を守るのが職務、というが、それはあくまでも、部外者からの肉体的な危害から私を守る、ということだろう?たとえ、親父に知られたところで、それは、私の立場が悪くなるだけで、おまえの職務とは関係ないはずだ。なぜ、私を助ける」
ツォンは、しばらく、何かを考えるように、黙っていた。
やがて、ゆっくりと口を開いた。
「タークスの仕事は、時として、忠誠心の板挟みになることがあります。そのときは、自分の、感情なり、信念なり……そうしたものに従うしかありません」
「つまり、今回のことがそれだと?」
「はい」
「だが、それで、反逆を問われることにもなりかねないのではないか?」
ツォンは、うなずいた。
「ですから、自分の信念に従います。信念に従っていれば、たとえ、反逆を問われたところで、納得がいきますから、甘んじて受け入れることができます」
「つまり、今回のことで、親父に反逆を問われたとしても、納得がいくと……こういうことか?」
「はい」
ルーファウスは、少し考え、また、首を振った。
「やっぱり、よくわからん。おまえに何の得があるんだ」
ツォンが、ルーファウスを見つめた。
「私は、副社長をお守りしたいと思っています。それだけです」
闇の色をした瞳が、ルーファウスを見つめていた。
静かな、考え深い色を湛えた、きれいな瞳だった。
「……そうか」
ルーファウスは、うなずいた。
そして、少し高くなった太陽に目をやる。
「遅くなったな。行こう」
身を翻し、別荘に向かって歩いていく。
「はい」
ツォンが、静かについてくる。
潮の香りをのせた、さわやかな風が、心地よかった。

2011年5月17日  up

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