エッジの休日 1

「この店はなんだ?」
ある店の前でルーファウスが足を止めた。
店先のショーウィンドウに飾られたものを見て、ツォンに尋ねる。
「リサイクルショップですね」
ツォンの答えに、ルーファウスは、腕を組み、店の中を覗いた。
「つまり、中古品の店です」
「だが、新しそうなものが多いが」
「中古品といっても、どこかの店に置いてあったものとか、工場に置いてあったものとか、そんなものも多いので、実際には新品同様、ということも多いんです」
「なるほどな」
ルーファウスは、興味を失ったらしく、店の前を離れ、また歩き出した。
ツォンは、それに続きながら
「エッジには、この手の店が多いんです。災厄でつぶれた店や工場のものを、売っているケースがほとんどですね」
と説明を続けた。
「もう、二年以上もたつのに、まだそんな店が流行るのか」
ルーファウスは、4,5軒先の店の前で、また足を止めた。
「ここは?」
聞きながら、店内を覗き、眉を寄せる。
「うちのものがあるぞ……」
店内に所せましと並べられているのは、パイプやら、鉄棒やら、ガラスやらといったガラクタにしか見えないようなものばかりだ。
その中には、神羅のマーク入りのものも多い。
「廃材屋ですね。ミッドガルから、廃材をひろってきて売っているんですよ」
「まだ、そんな商売が成り立っているのか?WROが建築資材を投入しているのではなかったのか」
「メイン通りや、大きなビル、マンションなどは、もちろん、きちんとした建築資材と建築機材で建てられるようになっています。ただ、WROも手が回らないのでしょうね。少し、裏に入れば、廃材で好き勝手に作った家が並んでいますよ」
「なるほどな……」
ルーファウスは、また、歩きだす。
ツォンは、それについて行きながら、目立たぬようにジャケットの襟元につけてあるマイクで部下に呼びかけた。
「ついてきてるか」
「いるぞ、と」
「はい」
「はい、います」
レノ、ルード、イリーナ、三人から間髪いれず、返事が返る。
「問題は?」
「なにもありません」
「なにもないぞ、と」
これも、即座に答えが返り、ツォンは、ほっと息をつく。
だが、ふと、前方から歩いてくる一人の女性が、ツォンのななめ前を歩くルーファウスをじっと見ているのに気づき、目を細めた。
「イリーナ」
さりげなく、足を速め、ルーファウスをどんな攻撃からも守れる位置につきながら、一番、近くにいるはずの部下に声をかける。
「前から来る短い黒髪で、ブーツを履いた女が見えるか」
「はい」
「注意」
そのとたん、くすっという、イリーナの笑い声が聞こえ、ツォンは、眉を寄せた。
「主任、大丈夫ですよ」
「なに」
「社長に見とれてるだけですよ」
やがて、女との距離が縮まり、すれ違う。
ツォンは、ルーファウスのななめ後ろにつき、さりげなく後ろを振り返った。
すると、その黒髪の女性が、頬を赤らめて、すれ違ったルーファウスを振り返って見つめているのが見えた。
イリーナがくすくす笑う。
「社長、やっぱり目立ちまくってますね」
イリーナの言葉に、さっきから、ルーファウスを守ることにピリピリとしているツォンは、深いため息をついた。

エッジを見に行きたいとルーファウスが言いだしたのは、先週のことだった。
あの奇跡の雨から、すでに半年が過ぎ、ルーファウスの体調はすっかり元通りになり、体重も体力も、少しずつではあったが、回復しつつあった。
健康上の理由では、エッジに行くのも、問題はなかった。だが、問題は、やはり神羅の社長であるルーファウスの立場だった。
もっとも、世間では、ルーファウスは、行方不明とされていて、もうすでに死亡したものとみている節があった。元神羅カンパニーのリーブがWROを組織し、大々的に動いていることも、その理由の一つだっただろう。もし、ルーファウスが生きているならば、何らかの形でWROに関わってくるだろうと見るのが、普通だったからだ。
もちろん、ルーファウスは、リーブと影で連絡は取り合い、様々な形で、その活動を支援してきていた。だが、いっさい神羅という名は出さず、自分の姿も、表には出さず、徹底した影の存在として動いていた。
それは、ルーファウス自身、自分の立場というものがよくわかっていたからだった。

災厄から二年半近くがたとうとしている今、神羅も、復興のために、資金や機器などをジュノンから運び、エッジの復興に力を尽くしたということは知られており、一定の評価は得ていた。だがそれでも、あの災厄の元凶は神羅である、という認識は、根強く、人々の間に残っていたし、あの災厄や、その後の、星痕症候群で家族や大切な者を喪った人々にとっては、神羅が、憎むべき対象であることに変わりはなかった。
人々の心が癒え、本当の意味で世界があの災厄から立ち直るためには、スケープゴートが必要だった、ということもあるだろう。
そして、そんな世間の中で、すでに死亡したプレジデント神羅と、行方不明のその息子、ルーファウス神羅が、体のよい悪役に仕立て上げられていったことは、当然といえば当然の流れだった。死人に口なし、の言葉どおり、この二人のことをどれだけ悪く書きたてようと、抗議してくるものはいないのである。
雑誌は、ここぞとばかりに、神羅カンパニーのことを書きたて、復活したテレビでも、神羅カンパニーの特集番組が次々と組まれた。かつて、神羅はマスコミにも強い影響力を持っており、神羅に都合の悪い情報はすべてもみ消されていた。その反動もあったのかもしれなかった。当然、その内容は、あることないこと、赤裸々にセンセーショナルにとりあげた、三面記事的なものばかりだったが、そのような内容が、大衆受けするのも、また確かなことで、神羅を特集した雑誌は、飛ぶように売れ、神羅の特集番組も軒並み、高視聴率をマークした。
もっとも、空前の”神羅ブーム”とでもいうべきこの現象は、そうした、マスコミの企業戦略だけが原因だったわけではなかった。
神羅が、世界を事実上支配していたのは、誰もが認めることで、神羅カンパニーは”帝国”だったし、その社長であるプレジデントとその息子、ルーファウスは”帝王”だった。その権力の失墜と、帝国の崩壊は、それだけで、なにかしら、人々の心を強くとらえて離さないものがあったし、しかも、その最後の帝王が、まだ二〇歳そこそこの若さで行方不明という、これ以上ないほど、人々の想像力をかきたてるおまけがついているとあれば、そのブームが一過性のもので終わらずに、世間の興味を引き寄せ続けたのも無理はないことだった。

ツォンは、はじめのうち、そうした、いわばメディアによる暴力からルーファウスを遠ざけようとした。
だが、星痕が癒えたルーファウスが、タークス四人にまず命じたことは、災厄後からこれまでの二年間に、雑誌や本、テレビ番組、ネットニュース、すべての媒体で、神羅のことが取り上げられているものはすべてチェックし、自分に見せろ、ということだった。
そして、命令に従って集まったものは、膨大な量にのぼったが、それが、どれだけ神羅を誹謗中傷する番組だろうと、自分の酷い中傷が書き連ねられた記事であろうと、眉一筋も動かさず、時には、おもしろそうに笑みまで浮かべて、見入り、読みふけった。
そんなわけで、ルーファウスは、神羅と自分が、今、世間でどのように思われているか、ということは、正確に把握しており、それもあって、星痕が癒えた後も、表舞台には決して立たないまま、影の存在を貫き通しているのだろうと、ツォンは思っていたのだった。
だから、ルーファウスが、エッジに行ってみたい、と言い出した時は、正直、非常に驚いたのだった。
もちろん、もとはと言えば、ルーファウスが計画したものを、カイルゲイトがボランティアを使い、作り始めたのがエッジの始まりである。いわば、ルーファウスが生みの親であるわけで、見てみたい、という気持ちもわからないではない。
だが、それはあまりにも危険だ、というのが、ツォンの最初の判断だった。
「だが、私がルーファウス神羅だとわからなければいいのだろう?」
危険です、と言ったツォンに、ルーファウスは、なんでもなさそうに言った。
「それは、そうですが……」
「私は死んだと思われているのだろう?それなら、街を歩いている私を見て、すぐに、ルーファウス神羅だ、と思う者はいないのではないか?」
「それは……」
「サングラスをかけてしまえば、顔もわからん」
「……ですが……」
ルーファウスは、首をかしげるようにして、言った。
「そんなに、心配か?」
ツォンは、小さな吐息をついた。
「ご自分ではおわかりにならないかもしれませんが、社長は、目立つんですよ」
「……目立つ?」
ルーファウスが眉を寄せる。
「いや、さすがに、白いスーツは着て行かないぞ」
「いえ、それだけではなく……なんといいますか、そこにいるだけで目立ってしまうといいますか……」
なんとも説明のしようもなく、口ごもったツォンを、ルーファウスは、「わけのわからんことを」という一言で切り捨てた。
「ツォン、私は行きたいんだ。なんとかしろ」
「………はい」

そう言われてしまえば、逆らえるはずもなく、さっそくレノとルードをエッジに行かせ、簡単な地図を作らせ、治安の悪そうなところをチェックさせた。
そして、出来上がった地図を持ち、ルーファウスの執務室に行ったツォンは、ソファセットの前に置かれたテレビに、ちょうど映しだされていた、なつかしい神羅本社ビルに、一瞬、目を奪われた。
ツォンは、災厄後に放映された神羅の特集番組や、雑誌といったものは、一切、見ないようにしていた。一回だけ見たことがあるが、それが、よりによって、ルーファウスのかつての私生活を赤裸々に暴きたてたもので、それもご丁寧に、再現ドラマまで作ってあり、そのえげつなく、くだらぬ内容に、憤死しそうになったことがあったのである。
それ以来、一切、見ないようにしてきたため、神羅本社ビルの姿を見るのは、3年ぶりのことだった。
本社ビルの全体像から、カメラがズームしていき、やがて、そのエントランスから、黒服に囲まれて、出てきた白い姿に、焦点があう。
三年前のルーファウスの姿だった。
カメラが切り替わり、ルーファウスのアップが映しだされる。
その瞬間、ツォンは、ひどく驚いた。
思わず、テレビの画面を食い入るように見つめてしまう。
そして、ソファに座って、その映像を見ている、本物のルーファウスに目をやり、さらに驚いた。
「……どうした」
ツォンの反応に、ただならぬものを感じたのだろう。
ルーファウスが、いぶかしげに、ツォンを見上げた。
「いえ……なんでもありません」
とっさに答えたものの、思わず、もう一度、テレビの画面と、本物のルーファウスを見比べてしまう。
この三年で、ルーファウスの面立ちは、驚くほど変わっていた。
もっとも、顔の造作が変わったわけでは、もちろん、ない。
普通の男より一回り面積の小さな、小作りな顔も、切れ長の目も、通った鼻筋も、薄く形のいい唇も、何も変わっていない。あまりにも整っているため、人形のようにすら見える端正な顔は、当時も今も、そのままだった。
それなのに、与える印象が、驚くほど違う。
映像の中のルーファウスは、まだ、どこかに少年ぽさを残しており、その美貌も、甘さの残る、中性的な雰囲気を漂わせるものだった。
だが、もうすぐ25歳になろうとする今は、甘い美貌はそのままだが、すっきりとした顎のラインが大人の男を感じさせる風貌へ、面変わりしていた。
二年の闘病生活で激減した体重が、まだ完全には戻っていないこともあったが、起伏に富んだ、困難に満ちた年月を乗り越えてきたことからくる、内面的な成熟も、また、その外見の変化に影響を及ぼしていたのかもしれなかった。
(これは……いけるかもしれない)
ツォンは、思っていた。
これだけ雰囲気が変わっていれば、一目見て、ルーファウス神羅だ、とわかる者は、おそらくいないのではないか、そう思ったのである。

そして、ルーファウスのエッジ見物が実現したのだが……。
(確かに、神羅カンパニーの社長とは、いまのところばれてはいないが……)
ツォンは、興味深そうにあたりを見回しながら歩いて行くルーファウスの斜め後ろを歩きながら、ため息をついた。
ルーファウスの服装は、もちろんスーツではない。
黒の七分袖カットソーに、チャコールグレイの、ミリタリー風のスリムなカーゴパンツという、いつものルーファウスならば絶対に着ないようなカジュアルな服装だ。
これは、レノが、買ってきたものだった。ルーファウスのクローゼットから、エッジで浮かないような服を選ぼうとしたレノが、「あー……これはだめだぞ、と」と呟いて、買ってきたのだ。「とにかく目立たないものを買ってこい」とツォンがうるさく言ったことを守ったらしく、選んできたものは、着るものにうるさいレノにしては珍しく、本当に無難なものだった。とりあえず、普通に歩いていて、目立つような色合いでも、形でもなく、まずまず無難な、というより、エッジにいくらでもいそうな服装になっているはずだった。

驚いたことに、そんなカジュアルな服は、どう見ても、ルーファウスに似合いそうもなかったが、実際、着てみると、これが、実によく似合っていた。
ツォンは、心底、驚いて、その服にサングラスをかけて現れた、いつもとまったく雰囲気の違うルーファウスをまじまじと見つめてしまったし、ルードも、口が半開きになっていた。イリーナなど、「きゃーーーーーーー社長!!!!かっこよすぎですーーーーー!!!」と大騒ぎしていた。
この服を選んできたレノは、と言えば、「俺の目に狂いはないんだぞ、と」と、偉そうにふんぞり返っていた。

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