その知らせが届いたとき、ルーファウスは、副社長室で、明日の会議で使う資料を作成していた。
そこに、一通のメールが届いた。
重役クラスのみに回された通達だった。
通達が回るのは、なにも珍しいことではない。
ルーファウスは、何気なく、そのメッセージを開いた。
そこには、ウータイに派遣された神羅軍の一部隊が全滅した模様、とあった。
情報をかく乱され、 その一部隊だけがゲリラ部隊のただ中に取り残され、手のうちようがなかった、とのことだった。
だが、その部隊の指揮官の名前を見たとき、ルーファウスは、一瞬、全ての音が消えたような錯覚を覚えた。
セフィロス――――。
あり得ない。
まず、そう思った。
あのセフィロスが死ぬわけがない。
情報を集めようと、キーボードを操作する。
だが、文字がうまく打てない。
よく見れば、自分の指先が細かく震えていた。
そして、夕方。
重役レベル通達が、再び、届いた。
全滅したと思われていた部隊の一部が、無事、神羅軍陣地へ生還。
指揮官セフィロス以下、5名。
部隊50名のうち、たった5名。
悲惨な状況だったことは、容易に想像できた。
だが、セフィロスは生きていた。
その瞬間、力の抜けるような安堵感を味わうとともに、ルーファウスはようやく悟っていた。
セフィロスは軍人だ。
あまりにも桁はずれに強いからといって、絶対に死なないという保証はないのだ、ということに。
セフィロスが死ぬ。
そう思った瞬間、自分を襲った激情は、驚くほどのものだった。
(だめだ……!)
考えただけで息ができない。
(そんなことは……耐えられない……)
自分を抱きしめるあの腕が、自分を見つめるあの蒼い瞳が、耳元で自分の名を呼ぶあの声が、喪われる。
そんなことは、到底、耐えられない。
ルーファウスは、しばらく動くこともできず、宙を見据えていた。
そのあとしばらく、情勢は安定せず、神羅軍は、ウータイにとどまっていた。
だが、ようやく、2週間後、部隊の一部がミッドガルに帰還する、という情報が入った。
どの部隊が帰還するのか、すぐに調べる。
セフィロスの名がリストにあった。
□■□■□■□
「セフィロス」
『ああ。なんだ、情報が早いな。今、帰ってきたところだぞ』
携帯に出た声は、笑みを含んだ、皮肉めいた響きのある、いつものものだった。
安堵のあまり、力が抜ける。
「会いたい」
その言葉は、するりと、ルーファウスの唇から出ていた。
セフィロスは、少し驚いたようだった。
『いいが……ミッドガルではまずいのではないのか』
「いい。そちらへ行く」
『……どうした』
「会いたいんだ」
セフィロスが、一瞬、口を閉ざす。
だが、ルーファウスの声になにかを感じ取ったのだろう。
『わかった。待っている』
その声音に乗せられた優しい響きに、心が震える。
「ああ」
ルーファウスは携帯を切ると、すぐに立ちあがった。
副社長室を出ると、ドア横のデスクに座っていた秘書が、あわてて立ちあがった。
「どちらへ?!」
「急ぎで出る」
「ただいま、お車を」
「いい。タクシーを拾う」
「それはいけません……!副社長、おまちください!せめて、SPを…」
秘書が叫ぶのを無視して、ルーファウスは、エレベーターホールに向かった。
「副社長……!お待ちを……!」
後ろから追いかけてくる秘書を振り返りもせず、エレベーターのボタンを押す。
すぐに開いたエレベーターに乗り込み、手を叩きつけるようにして閉ボタンを押した。
「副社長!!!」
なんとかして止めたいものの、さすがにルーファウスの身体に触れることはできず、オロオロと廊下で手をもみ絞っている秘書の姿を、閉まる扉が隠す。
だが、それが完全に閉まる寸前、外から伸びた手がドアの隙間に差し込まれた。
ガタリ、と音を立ててドアが止まり、また開く。
開くドアの向こうに見えた黒い姿を、ルーファウスは睨みつけた。
ツォンだった。
「失礼します」
いつもと変わらぬ声で言い、ツォンがエレベーターに乗り込む。
その向こうに、あわてふためいたままの秘書と、同じように追いかけてきたらしい、レノをはじめ、何人かのタークスの姿が見える。
「私が副社長を警護する。戻れ」
ツォンが言い、エレベーターの扉が閉まった。
エレベーターが、静かに降下を始めた。
ツォンは、扉の前に立ったまま、しばらく何も言わなかった。
ルーファウスは、自分に向けられた黒い背中を見つめながら、唇を噛んだ。
「……どこに行かれるんです?」
やがて、ルーファウスに背を向けたまま、ツォンが静かに言った。
ルーファウスは、黙っていた。
ツォンが小さく吐息をつく。
「……次はないと、先日、申し上げましたが」
「わかっている」
間髪入れずに返った言葉に、ツォンが俯く。
そして、もう一度ため息をつくと、ルーファウスを振り返った。
「どうしても行くとおっしゃるのですか?」
「ああ、行く」
「……何か、策はおありですか?」
ツォンは、黙ったままのルーファウスを見下ろした。
「ないのではありませんか?」
ルーファウスは、唇を噛み、ツォンを睨みつけた。
「先日も言ったが、おまえには関係ないことだ。親父にばれたとしても、私がまずい立場に立たされるだけのことだ。おまえがこれまでしてくれたことには感謝している。だが、それは、私の命令だったことにすればいい。おまえには累は及ばない。だから、心配しなくていい」
「そんなことを心配しているわけではありません」
「ならいいだろう。もう、私にかまうな!」
ツォンが口を閉ざす。
沈黙が流れた。
「……よろしいのですか?」
やがて、ツォンが言った。
その短い言葉にこめられた意味を、ルーファウスは正確に理解していた。
セフィロスとひそかに逢瀬を繰り返していたことが、父親にばれれば、最悪の場合、全てが瓦解するだろう。
いままでの努力が全て水の泡と化す可能性もある。
冷静に考えれば、行くべきではない、そんなことは百も承知だ。
これまで、自分は、感情を排し、常に、理性的であれ、論理的であれ、と生きてきた。
感情などという、不確かで、あやふやなものは、認めることすら、自分に禁じてきた。
なぜなら、そんなものを認めたら――――。
(そうだ、そんなものがあると認めてしまったら、生きてこられなかったからだ)
寂しい。
悲しい。
好きだ。
愛されたい。
そんな、感情は、くだらないものだと、理性をくもらせる不要なものと思って生きてきた。
(だが、本当は―――― )
だだっぴろい、静かな家。
冷たくて、がらんとした食堂。
常に冷淡で傲慢な父親。
計算と打算にまみれた世界。
いつでも一人だった。
そう、いつだって寂しかったのだ。
(寂しくて………誰かと一緒にいたかった………)
だが、そんなことは、許されることではなかったから。
だから、感情に蓋をした。
そんなものはないと、そう言い聞かせてきた。
(だが、今は――――)
激しい感情を浮かべて、自分を見つめる、蒼く輝く瞳がある。
あんなに、強く欲されたことは、今までなかった。
あの瞳を喪うわけにはいかない。
ルーファウスは、護身用の拳銃を取り出し、構えた。
「私は行く」
手が震えるのがわかる。
ツォンに拳銃を向ける必要などないことはわかっていた。
だから、この拳銃は、ツォンに向けたものではない。
自分を、しばりつける枷に向けたものだ。
ツォンが、ルーファウスを見つめる。
その黒い瞳が、揺らいだ。
やがて、ツォンは、小さく吐息をついた。
「……そんな顔を、なさらないでください」
ルーファウスは、何も言わず、拳銃を握りしめた。
「わかりました……ただ、警護はさせていただきます。……職務は遂行させてください」
「………いいだろう」
ルーファウスは、呟くように言った。
ツォンが、小さく頭を下げる。
そして、そっと手をあげてルーファウスの拳銃を押さえた。
「もう、下ろしてください」
ゆっくりと下におろし、拳銃を握り締めたルーファウスの両手を見つめる。
「……失礼します」
呟くように言うと、拳銃にかかったルーファウスの手に触れた。
その乾いた温かい感触に、ルーファウスは、目を瞬く。
ツォンの手がそっと動き、ガチガチに固まった親指と、トリガーにかかった人差し指を拳銃からはがした。
「こんな握り方をしたら、手を痛めます」
ふと見れば、他の指も、指先が白くなるほど力を込めて、拳銃を握っていた。
ルーファウスは、ふっと息をつき、指から力を抜いた。
ツォンがうなずき、ルーファウスの指から手を離す。
不意に手が冷やされ、ルーファウスは、思わず両手を握りしめた。
小さな音がして、エレベーターが止まる。
開いた扉の向こうに広がっていたのは、地下の駐車場だった。
ツォンは、ルーファウスの先に立ち、奥の駐車スペースに向かった。
その中の一台に、ツォンが近付く。
見たことのない車に、ルーファウスは目を瞬いた。
カンパニーの社用車ではない。
「おまえの車か」
「はい。どうぞ」
後部座席のドアを開け、ルーファウスを乗せる。
そして、ツォンは、運転席に乗り込むと、静かに車を発進させた。
□■□■□■□
見慣れたマンションの裏側にとめられた車の中で、ルーファウスは、待っていた。
さきほど、ツォンにここで待つように言われてから、10分ほどが過ぎた。
がちゃり、と音がして、後部座席のドアが外から開けられる。
「どうぞ」
ツォンだった。
「もう、大丈夫です」
それだけを言って、ドアを開けて待っている。
ルーファウスは眉を寄せ、車から降りた。
「大丈夫、とは?」
「カメラの向きを変えましたから、撮られません」
「どうやって……」
「エアガンです」
ツォンは、あっさり答え、辺りを見回した。
「おまえがやったとばれたら……」
「大丈夫です。おそらく、姿は映っていません。それより、お急ぎください。夜中の12時に、ここに車をつけます」
「……こんなことが親父にばれたら、おまえ、殺されるぞ」
「ですから、絶対にばれないようにしていただきます。急いでください」
ルーファウスはうなずき、マンションのエントランスに足を踏み入れた。
□■□■□■□
激しく貪り食われるかのようなディープキスに、息があがる。
ルーファウスも、セフィロスの首に両腕を回し、すがりつくようにして、その唇を受け止めた。
ようやく、唇が離れる。
「死んだかと……」
荒い息の合間に、ルーファウスは呟くように言った。
「おれが?」
「セフィロス隊全滅と、情報が流れた」
「ああ……」
セフィロスの頬に、苦いものが走る。
その光景を思い出したのか、その目が、一瞬、宙を彷徨った。
「……あれはな……酷かった。もっと助けてやりたかったが、無理だった」
苦い口調で言い、ふと、視線を落とし、ルーファウスを見つめた。
「……そうか、それで、会いたかったのか」
「もう会えないかと……そう思ったら、どうしようもなく恐ろしかった」
「そうか」
セフィロスの腕に、強く抱きしめられる。
「セフィロス」
「ああ」
耳元で囁かれる深い声に、身体が震える。
自分を抱きしめる力強い腕、直接、触れ合った肌に伝わる、力強い鼓動。
喪わずに済んだのだ。
大切な、生まれて初めて、この手に得たかけがえのない存在が、今、ここにいる。
「……好きだ」
その言葉は、なんの抵抗もなく、するり、とルーファウスの唇から漏れた。
セフィロスの肩が揺れ、小さな笑い声がその唇から洩れた。
身体が少し離され、顔をのぞきこまれる。
「やっとわかったのか」
からかうような色を浮かべた瞳が、優しくルーファウスを見つめていた。
「ああ、わかった。セフィロス、おまえが好きだ」
そう、ようやく悟っていた。
味方に引き入れたいとか、父親の鼻を明かしたいとか、そんなものは、すべて言い訳だった。
初めから、セフィロスに惹かれていた。
あの、初めて見たときの、禍々しいオーラにも、武器を扱う優雅で美しい仕草にも。
激しく自分を見つめる情欲にまみれた瞳も、そして、驚くほど優しく自分を抱きしめる腕も。
「おれもだ」
囁かれ、優しく口づけられる。
そのまま抱き上げられ、奥のベッドにおろされる。
服を脱がされながら、ルーファウスも、手を伸ばし、セフィロスの服を脱がしていく。
誰かを欲し、そして、誰かから、なんの打算も計算もなく欲されること。
それが、こんなに嬉しいこととは、知らなかった。
肌と肌が触れ合う、それだけで、こんなに満たされるなど知らなかった。
セフィロスを受け入れ、その身体にしがみつく。
二人の間の隙間さえ、もどかしい。
ルーファウスは、セフィロスの身体に足をからめ、自分の身体をすりよせた。
今までなら、決してしなかった、というより、できなかった仕草に、セフィロスが眉を上げる。
そして笑って、さらに深く、己をルーファウスの身体に飲み込ませた。
泣きたくなるほど、幸せだった。
だが、なぜか、せつない。
うれしくて、せつなくて……自分を抱きしめる男が愛おしくて。
心を満たした想いは、どんどん膨れ上がり、苦しさすら伴う。
「セフィロス……」
どうしていいかわからず、ルーファウスは、囁くようにセフィロスの名前を呼んだ。
だが、セフィロスにもその気持ちは伝わったようだった。
わかっている、というように、その目が細められ、笑みが浮かぶ。
その笑みは、とても優しいものだった。
いつもの皮肉めいたものでも、からかうようなものでもない。
優しく、いとおしむように見つめられ、ルーファウスは、唇を寄せた。
深く身体を繋げ、お互いの身体を抱きしめ合いながら、唇を重ねる。
ルーファウスは、全身でセフィロスを感じ、うっとりと目を閉じた。
2011年5月18日 up