つかの間の夢 12

その知らせが届いたとき、ルーファウスは、副社長室で、明日の会議で使う資料を作成していた。
そこに、一通のメールが届いた。
重役クラスのみに回された通達だった。
通達が回るのは、なにも珍しいことではない。
ルーファウスは、何気なく、そのメッセージを開いた。
そこには、ウータイに派遣された神羅軍の一部隊が全滅した模様、とあった。
情報をかく乱され、 その一部隊だけがゲリラ部隊のただ中に取り残され、手のうちようがなかった、とのことだった。
だが、その部隊の指揮官の名前を見たとき、ルーファウスは、一瞬、全ての音が消えたような錯覚を覚えた。 
セフィロス――――。
あり得ない。
まず、そう思った。
あのセフィロスが死ぬわけがない。
情報を集めようと、キーボードを操作する。
だが、文字がうまく打てない。
よく見れば、自分の指先が細かく震えていた。

そして、夕方。
重役レベル通達が、再び、届いた。

全滅したと思われていた部隊の一部が、無事、神羅軍陣地へ生還。
指揮官セフィロス以下、5名。

部隊50名のうち、たった5名。
悲惨な状況だったことは、容易に想像できた。
だが、セフィロスは生きていた。
その瞬間、力の抜けるような安堵感を味わうとともに、ルーファウスはようやく悟っていた。
セフィロスは軍人だ。
あまりにも桁はずれに強いからといって、絶対に死なないという保証はないのだ、ということに。
セフィロスが死ぬ。
そう思った瞬間、自分を襲った激情は、驚くほどのものだった。
(だめだ……!)
考えただけで息ができない。
(そんなことは……耐えられない……)
自分を抱きしめるあの腕が、自分を見つめるあの蒼い瞳が、耳元で自分の名を呼ぶあの声が、喪われる。
そんなことは、到底、耐えられない。
ルーファウスは、しばらく動くこともできず、宙を見据えていた。

そのあとしばらく、情勢は安定せず、神羅軍は、ウータイにとどまっていた。
だが、ようやく、2週間後、部隊の一部がミッドガルに帰還する、という情報が入った。
どの部隊が帰還するのか、すぐに調べる。
セフィロスの名がリストにあった。

□■□■□■□

「セフィロス」
『ああ。なんだ、情報が早いな。今、帰ってきたところだぞ』
携帯に出た声は、笑みを含んだ、皮肉めいた響きのある、いつものものだった。
安堵のあまり、力が抜ける。
「会いたい」
その言葉は、するりと、ルーファウスの唇から出ていた。
セフィロスは、少し驚いたようだった。
『いいが……ミッドガルではまずいのではないのか』
「いい。そちらへ行く」
『……どうした』
「会いたいんだ」
セフィロスが、一瞬、口を閉ざす。
だが、ルーファウスの声になにかを感じ取ったのだろう。
『わかった。待っている』
その声音に乗せられた優しい響きに、心が震える。
「ああ」
ルーファウスは携帯を切ると、すぐに立ちあがった。
副社長室を出ると、ドア横のデスクに座っていた秘書が、あわてて立ちあがった。
「どちらへ?!」
「急ぎで出る」
「ただいま、お車を」
「いい。タクシーを拾う」
「それはいけません……!副社長、おまちください!せめて、SPを…」
秘書が叫ぶのを無視して、ルーファウスは、エレベーターホールに向かった。
「副社長……!お待ちを……!」
後ろから追いかけてくる秘書を振り返りもせず、エレベーターのボタンを押す。
すぐに開いたエレベーターに乗り込み、手を叩きつけるようにして閉ボタンを押した。
「副社長!!!」
なんとかして止めたいものの、さすがにルーファウスの身体に触れることはできず、オロオロと廊下で手をもみ絞っている秘書の姿を、閉まる扉が隠す。
だが、それが完全に閉まる寸前、外から伸びた手がドアの隙間に差し込まれた。
ガタリ、と音を立ててドアが止まり、また開く。
開くドアの向こうに見えた黒い姿を、ルーファウスは睨みつけた。
ツォンだった。
「失礼します」
いつもと変わらぬ声で言い、ツォンがエレベーターに乗り込む。
その向こうに、あわてふためいたままの秘書と、同じように追いかけてきたらしい、レノをはじめ、何人かのタークスの姿が見える。
「私が副社長を警護する。戻れ」
ツォンが言い、エレベーターの扉が閉まった。
エレベーターが、静かに降下を始めた。
ツォンは、扉の前に立ったまま、しばらく何も言わなかった。
ルーファウスは、自分に向けられた黒い背中を見つめながら、唇を噛んだ。
「……どこに行かれるんです?」
やがて、ルーファウスに背を向けたまま、ツォンが静かに言った。
ルーファウスは、黙っていた。
ツォンが小さく吐息をつく。
「……次はないと、先日、申し上げましたが」
「わかっている」
間髪入れずに返った言葉に、ツォンが俯く。
そして、もう一度ため息をつくと、ルーファウスを振り返った。
「どうしても行くとおっしゃるのですか?」
「ああ、行く」
「……何か、策はおありですか?」
ツォンは、黙ったままのルーファウスを見下ろした。
「ないのではありませんか?」
ルーファウスは、唇を噛み、ツォンを睨みつけた。
「先日も言ったが、おまえには関係ないことだ。親父にばれたとしても、私がまずい立場に立たされるだけのことだ。おまえがこれまでしてくれたことには感謝している。だが、それは、私の命令だったことにすればいい。おまえには累は及ばない。だから、心配しなくていい」
「そんなことを心配しているわけではありません」
「ならいいだろう。もう、私にかまうな!」
ツォンが口を閉ざす。
沈黙が流れた。
「……よろしいのですか?」
やがて、ツォンが言った。
その短い言葉にこめられた意味を、ルーファウスは正確に理解していた。
セフィロスとひそかに逢瀬を繰り返していたことが、父親にばれれば、最悪の場合、全てが瓦解するだろう。
いままでの努力が全て水の泡と化す可能性もある。
冷静に考えれば、行くべきではない、そんなことは百も承知だ。
これまで、自分は、感情を排し、常に、理性的であれ、論理的であれ、と生きてきた。
感情などという、不確かで、あやふやなものは、認めることすら、自分に禁じてきた。
なぜなら、そんなものを認めたら――――。
(そうだ、そんなものがあると認めてしまったら、生きてこられなかったからだ)
寂しい。
悲しい。
好きだ。
愛されたい。
そんな、感情は、くだらないものだと、理性をくもらせる不要なものと思って生きてきた。
(だが、本当は―――― )
だだっぴろい、静かな家。
冷たくて、がらんとした食堂。
常に冷淡で傲慢な父親。
計算と打算にまみれた世界。
いつでも一人だった。
そう、いつだって寂しかったのだ。
(寂しくて………誰かと一緒にいたかった………)
だが、そんなことは、許されることではなかったから。
だから、感情に蓋をした。
そんなものはないと、そう言い聞かせてきた。
(だが、今は――――)
激しい感情を浮かべて、自分を見つめる、蒼く輝く瞳がある。
あんなに、強く欲されたことは、今までなかった。
あの瞳を喪うわけにはいかない。
ルーファウスは、護身用の拳銃を取り出し、構えた。
「私は行く」
手が震えるのがわかる。
ツォンに拳銃を向ける必要などないことはわかっていた。
だから、この拳銃は、ツォンに向けたものではない。
自分を、しばりつける枷に向けたものだ。
ツォンが、ルーファウスを見つめる。
その黒い瞳が、揺らいだ。
やがて、ツォンは、小さく吐息をついた。
「……そんな顔を、なさらないでください」
ルーファウスは、何も言わず、拳銃を握りしめた。
「わかりました……ただ、警護はさせていただきます。……職務は遂行させてください」
「………いいだろう」
ルーファウスは、呟くように言った。
ツォンが、小さく頭を下げる。
そして、そっと手をあげてルーファウスの拳銃を押さえた。
「もう、下ろしてください」
ゆっくりと下におろし、拳銃を握り締めたルーファウスの両手を見つめる。
「……失礼します」
呟くように言うと、拳銃にかかったルーファウスの手に触れた。
その乾いた温かい感触に、ルーファウスは、目を瞬く。
ツォンの手がそっと動き、ガチガチに固まった親指と、トリガーにかかった人差し指を拳銃からはがした。
「こんな握り方をしたら、手を痛めます」
ふと見れば、他の指も、指先が白くなるほど力を込めて、拳銃を握っていた。
ルーファウスは、ふっと息をつき、指から力を抜いた。
ツォンがうなずき、ルーファウスの指から手を離す。
不意に手が冷やされ、ルーファウスは、思わず両手を握りしめた。
小さな音がして、エレベーターが止まる。
開いた扉の向こうに広がっていたのは、地下の駐車場だった。
ツォンは、ルーファウスの先に立ち、奥の駐車スペースに向かった。
その中の一台に、ツォンが近付く。
見たことのない車に、ルーファウスは目を瞬いた。
カンパニーの社用車ではない。
「おまえの車か」
「はい。どうぞ」
後部座席のドアを開け、ルーファウスを乗せる。
そして、ツォンは、運転席に乗り込むと、静かに車を発進させた。

□■□■□■□

見慣れたマンションの裏側にとめられた車の中で、ルーファウスは、待っていた。
さきほど、ツォンにここで待つように言われてから、10分ほどが過ぎた。
がちゃり、と音がして、後部座席のドアが外から開けられる。
「どうぞ」
ツォンだった。
「もう、大丈夫です」
それだけを言って、ドアを開けて待っている。
ルーファウスは眉を寄せ、車から降りた。
「大丈夫、とは?」
「カメラの向きを変えましたから、撮られません」
「どうやって……」
「エアガンです」
ツォンは、あっさり答え、辺りを見回した。
「おまえがやったとばれたら……」
「大丈夫です。おそらく、姿は映っていません。それより、お急ぎください。夜中の12時に、ここに車をつけます」
「……こんなことが親父にばれたら、おまえ、殺されるぞ」
「ですから、絶対にばれないようにしていただきます。急いでください」
ルーファウスはうなずき、マンションのエントランスに足を踏み入れた。

□■□■□■□

激しく貪り食われるかのようなディープキスに、息があがる。
ルーファウスも、セフィロスの首に両腕を回し、すがりつくようにして、その唇を受け止めた。
ようやく、唇が離れる。
「死んだかと……」
荒い息の合間に、ルーファウスは呟くように言った。
「おれが?」
「セフィロス隊全滅と、情報が流れた」
「ああ……」
セフィロスの頬に、苦いものが走る。
その光景を思い出したのか、その目が、一瞬、宙を彷徨った。
「……あれはな……酷かった。もっと助けてやりたかったが、無理だった」
苦い口調で言い、ふと、視線を落とし、ルーファウスを見つめた。
「……そうか、それで、会いたかったのか」
「もう会えないかと……そう思ったら、どうしようもなく恐ろしかった」
「そうか」
セフィロスの腕に、強く抱きしめられる。
「セフィロス」
「ああ」
耳元で囁かれる深い声に、身体が震える。
自分を抱きしめる力強い腕、直接、触れ合った肌に伝わる、力強い鼓動。
喪わずに済んだのだ。
大切な、生まれて初めて、この手に得たかけがえのない存在が、今、ここにいる。
「……好きだ」
その言葉は、なんの抵抗もなく、するり、とルーファウスの唇から漏れた。
セフィロスの肩が揺れ、小さな笑い声がその唇から洩れた。
身体が少し離され、顔をのぞきこまれる。
「やっとわかったのか」
からかうような色を浮かべた瞳が、優しくルーファウスを見つめていた。
「ああ、わかった。セフィロス、おまえが好きだ」
そう、ようやく悟っていた。
味方に引き入れたいとか、父親の鼻を明かしたいとか、そんなものは、すべて言い訳だった。
初めから、セフィロスに惹かれていた。
あの、初めて見たときの、禍々しいオーラにも、武器を扱う優雅で美しい仕草にも。
激しく自分を見つめる情欲にまみれた瞳も、そして、驚くほど優しく自分を抱きしめる腕も。
「おれもだ」
囁かれ、優しく口づけられる。
そのまま抱き上げられ、奥のベッドにおろされる。
服を脱がされながら、ルーファウスも、手を伸ばし、セフィロスの服を脱がしていく。
誰かを欲し、そして、誰かから、なんの打算も計算もなく欲されること。
それが、こんなに嬉しいこととは、知らなかった。
肌と肌が触れ合う、それだけで、こんなに満たされるなど知らなかった。
セフィロスを受け入れ、その身体にしがみつく。
二人の間の隙間さえ、もどかしい。
ルーファウスは、セフィロスの身体に足をからめ、自分の身体をすりよせた。
今までなら、決してしなかった、というより、できなかった仕草に、セフィロスが眉を上げる。
そして笑って、さらに深く、己をルーファウスの身体に飲み込ませた。
泣きたくなるほど、幸せだった。
だが、なぜか、せつない。
うれしくて、せつなくて……自分を抱きしめる男が愛おしくて。
心を満たした想いは、どんどん膨れ上がり、苦しさすら伴う。
「セフィロス……」
どうしていいかわからず、ルーファウスは、囁くようにセフィロスの名前を呼んだ。
だが、セフィロスにもその気持ちは伝わったようだった。
わかっている、というように、その目が細められ、笑みが浮かぶ。
その笑みは、とても優しいものだった。
いつもの皮肉めいたものでも、からかうようなものでもない。
優しく、いとおしむように見つめられ、ルーファウスは、唇を寄せた。
深く身体を繋げ、お互いの身体を抱きしめ合いながら、唇を重ねる。
ルーファウスは、全身でセフィロスを感じ、うっとりと目を閉じた。

2011年5月18日   up

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