軍楽隊が奏でる華やかな行進曲に合わせて、兵士たちが行進していく。
「副社長に!敬礼!」
隊長の掛け声に合わせて、いっせいに兵士たちが敬礼をしながら、ルーファウスの前を通り過ぎていく。
壇上からそれを見守りながら、ルーファウスも、右手をあげ、返礼を返した。
ジュノン。
神羅軍の本拠地である、この要塞では、ルーファウスの副社長就任を記念する閲兵式が行われていた。
もっとも、本来であれば、就任した4月に行われるべきものだ。
だが、ウータイ情勢の悪化などの事情により、今日まで延期されたのだった。
ルーファウスが立つのは、ジュノンの中心部にある大きな広場の一角だ。
放射線状にこの広場に集まってくる道のそれぞれから、次々と、兵士たちや、戦車、ミサイル搭載車などが、隊列を組み、近付いてくる。
そして、ルーファウスの立つ壇上の前を、敬礼をしながら通り過ぎ、広場の奥にある、陸軍本部前の広場に集結していった。
その眺めは、壮観なもので、神羅軍の威容と、神羅カンパニーの力を、まざまざと見せつける。
この閲兵式の模様は、当然、神羅TVをはじめ、全国に中継され、ネット配信もされている。
これは、副社長であるルーファウスのお披露目でもあり、そしてまた、改めて、神羅の力を全世界に誇示するための大パフォーマンスでもあるのだった。
神羅軍は、大きく分けて、一般部隊とソルジャー部隊の二つに分けられている。
神羅軍といえば、ソルジャー部隊、というほど、1stから3rdまでのランクに分けられたソルジャー部隊の存在は目立つ。
だが、実際のところ、ソルジャー部隊の人数は、さほど多くはない。
ソルジャーになるためには、まず魔晄への耐性がないとだめだというのは、一般的に広く知られている事実である。
だが、魔晄への耐性を持つものの中でも、実際にソルジャーになれるのは、そのうちのほんの一部であるのが現実で、そのため、プレジデントは、ソルジャーの増員をかねてから計画しているものの、思ったように増やすことができないでいるのだった。
そんなわけで、神羅軍の大部分を占めるのは、一般部隊であり、行進するのは、ほとんどが一般兵たちである。
もっとも、その一般部隊の兵士たちとて、最強と言われる神羅軍の一員である。
訓練は完璧で、その行進は一糸乱れぬ見事なものだった。
ルーファウスは、その様子を副社長らしい威厳に満ちた姿で見守りながら、ひそかに視線を動かし、自分が求める姿を探した。
ルーファウスの立つ位置からは少し離れた、ちょうど対角線上にある広場の一角。
そこに設けた壇上に、治安維持部門総括ハイデッカーと、英雄セフィロスの姿があった。
ルーファウスに向かって敬礼した兵士たちは、そのまま進み、次は、ハイデッカーとセフィロスに対し、敬礼をしていく。
それに、返礼を返す黒と銀の姿を見ながら、ルーファウスは、肌に触れたその硬い鎧の感触をまざまざと思い出した。
ジュノン要塞の最上階。
そこには、滞在する重役用に設けられた部屋がいくつかある。
その一室で、先ほどまで、ルーファウスは、この神羅の誇る英雄と貪るように抱き合っていたのだった。
部屋の中央に置かれたデスクに両手を付き、立ったまま、後ろからセフィロスを受け入れる。
お互いに、スーツと鎧を身につけたままだ。
そのことが、二人の欲望をさらに高め、セフィロスは、ルーファウスの白いスーツのボトムを下着ごと脱がせると、いつもより性急に身体を繋げてきた。
あまりほぐされぬまま、怒張を突き立てられたそこは、ぴりりと痛みを走らせる。
だが、ルーファウスが力を抜き、浅く息を吐きながら受け入れようとすれば、熱い塊は、それ以上、ルーファウスの身体を傷つけることなく、ゆっくりと中に入り込んでくる。
肉をかき分けるようにして奥まで押し込まれたそれは、熱く脈打ちながら、ルーファウスの身体を突き上げ始めた。
むき出しの肌が、セフィロスの鎧にこすられ、痛みを覚えたが、それすら、英雄セフィロス、この世の誰よりも強い男に抱きしめられ、抱かれているのだ、という事実をルーファウスに思い起こさせ、興奮させた。
「あ……ああ……」
後ろから揺さぶられながら、ルーファウスは、快楽に呻いた。
「おまえ、すごいぞ」
「な……に……」
「そんなに感じるか。すごい締め付けだ」
「ああ、感じる……」
「おれもだ」
後ろから何度も突き上げられ、必死で声を押さえる。
だが、すっかり快感を与えられることに慣れた身体をコントロールすることは難しく、噛みしめた唇の合間から、喘ぎ声が漏れる。
「セフィロス……っ………口を……っ」
喘ぎながら言えば、すぐに、セフィロスの大きな手が、ルーファウスの口をふさいだ。
抉られ、かき回され、奥まで貫かれ、セフィロスの手の中で叫び声をあげながら、何度も達する。
身体に埋め込まれた熱いものを締めつけ、奥深くで、その欲望を受け止める。
だが、それでも満足できず、デスクの上に押し倒され、再び、抱かれた。
結局、着ていたスーツはしわくちゃになり、用意してあった別のものに着替える羽目になったのだった。
思い出した情景に、頬が火照る。
ふと、目の前を通り過ぎる海兵隊の兵士たちが敬礼をしたことに気づき、顔を引き締め、返礼を返した。
兵士たちの行進は続いている。
だが、海兵隊の最後の部隊が現れたところをみれば、そろそろ、最後のソルジャー部隊が登場するはずだった。
やがて、遠くに、新しい部隊が現れる。
服装も武器もばらばらなその部隊。
それこそが、神羅が誇る、ソルジャー部隊だった。
先頭に、1st クラスのソルジャー、その後ろに、2ndクラス、最後が3rdクラスである。
ソルジャーは、みな、得意な武器が異なる。
そのため、持っている武器もバラバラなら、鎧も、自分がもっとも戦いやすいものを選んでいるため、見事にバラバラである。
だが、それでも、不思議と統一感がとれているのは、もちろん、一糸乱れぬ行進のせいもあるだろうが、ソルジャー全員が持つ、ぴりりとした緊張感のせいだった。
ソルジャーは、エリート部隊である。
その意識が、ソルジャー達、一人一人の意識を高め、そのことがさらに、最強の軍隊、神羅軍を作り上げているのだった。
もうすぐ、ソルジャー部隊が、正面に到達する。
ルーファウスも、ソルジャー達の姿に、さすがに気分を高揚させ、その行進を見守った。
その時だった。
「ソルジャー部隊!止まれ!」
深い声が、響き渡った。
セフィロスの声だった。
ソルジャー達の動きが、一瞬、とまどったようにばらける。
だが、さすがはソルジャーである。
みな、いっせいにぴたりと止まった。
ルーファウスは眉を寄せた。
ここは、セフィロスの声に合わせて、ソルジャー達が行進を続けながら、敬礼をする予定だったはずだ。
予定外の行動に、軍楽隊の音楽が、不意に止まる。
となりで、ツォンの手が、黒スーツの内側に動くのを目の隅でとらえる。
それと同時に、セフィロスが身を翻し、自分が立っていた壇上から身軽に飛び降りた。
「ソルジャー部隊! 左、向け!」
その声に合わせて、ソルジャーが全員、ルーファウスのいる方を見る。
そして、セフィロスは、壇上に立つルーファウスに向かって走り出した。
「タークス!セフィロスを止めろ!」
ツォンが叫び、手が伸ばしてルーファウスの身体を抱き込む。
同時に、あちこちでタークスが行動を開始するのが見えた。
「待て!」
ルーファウスは、声を張った。
その迫力に、一瞬、ツォンの手が緩む。
その隙に、ルーファウスは自分を抱きかかえるようにしていたツォンの腕から、すばやく抜け出した。
「タークス、動くな!」
響き渡ったルーファウスの声に、黒服たちが足を止める。
「副社長…!」
ツォンが何か言いかけるのを、手で制す。
「命令だ。動くな」
その間にも、セフィロスは、ルーファウスが立つ壇上に近づき、階段を駆け上がってくる。
そして、ルーファウスから、3歩ほど離れたところで、足を止めた。
ルーファウスに向かい、いつもの皮肉めいた笑みを浮かべて見せる。
そして――。
ふわり、と、片膝をついた。
周りで、声にならぬどよめきが起こる。
「ルーファウス副社長に、変わらぬ忠誠を」
セフィロスの、深い声が、響いた。
それは、決して張りあげられたわけでもなく、叫ばれたわけでもなかった。
だが、不思議と響き渡り、その場にいた全員の耳に届いた。
しん、と静まりかえる。
ルーファウスは、セフィロスを見つめた。
二つの青い瞳が絡み合う。
ルーファウスは、小さくうなずいた。
「その忠誠、しかと受け取った」
その声もまた、静まりかえった会場に、凜と響きわたった。
そのとき――。
「副社長、万歳!」
誰が、叫んだものか。
ソルジャーの間から沸き起こったその声は、瞬く間に、他の兵士たちの間に広まった。
「副社長万歳! ルーファウス副社長、万歳!」
熱に浮かされたように、高揚感が広がり、その声は、広場いっぱいに響き渡った。
ルーファウスは、微笑み、右手を軽くあげた。
そのしぐさに、また歓声が沸き起こる。
タークス達がとまどったように、お互いの顔を見やる。
そして、ツォンもまた、黒い瞳に、物思わしげな光を浮かべ、兵士たちと、ルーファウス、そしてセフィロスを見つめていた。
□■□■□■□
小さな呼び出し音に、ルーファウスは端末のモニターから目をはなした。
デスクの端に置かれた電話の受話器をとりあげる。
「なんだ」
『タークスのツォンさんが、お話しがあるとのことですが』
秘書が受話器の向こうで言った。
ルーファウスは、首をかしげた。
ツォンが話、とは珍しい。
「通せ」
『はい』
ノックの音がし、ツォンが姿を現した。
「失礼します」
ツォンは、軽く一礼すると、デスクの前まで近付いた。
そこで、スーツの内側のポケットから、何やら封筒を取り出し、ルーファウスに差し出す。
ルーファウスは、意味がわからず、ツォンを見上げた。
「なんだこれは」
「ご覧ください」
ルーファウスは、ツォンから封筒を受け取り、裏を返した。
なんの変哲もない、ただの白い封筒だ。
だが、中にはなにかが入っているらしく、それなりに厚みがある。
ルーファウスは、眉を寄せて、封筒から中身を取り出した。
出てきたものは、数枚の写真だった。
一目見るなり、これがなんの写真かを悟る。
だが、ルーファウスは、そのまま、一枚一枚の写真をゆっくりと見ていった。
一枚目は、昨日の日付。
ルーファウスが、あるマンションのエントランスを入っていく写真だった。
次の写真は、あるフロアについたエレベーターからルーファウスが降りる写真だ。
おそらく、エレベーターホールにカメラをひそかに設置してあったのだろう。
3枚目は、突き当りにある扉の前に立つルーファウスの後ろ姿だ。
4枚目、これはもう見るまでもなかった。
扉が開き、中からある人物の姿が現れる。
誰が見てもそれとわかる人物。
英雄セフィロス。
そして、5枚目は、セフィロスとルーファウスが、その部屋に消えていく写真。
最後は、ルーファウスがその部屋から出てくる写真だ。
日付は、今日の明け方。
ルーファウスは、くっと笑った。
6枚の写真をデスクの上に投げ出す。
「肝心な部分が抜けているな」
皮肉めいた口調でいえば、デスクの前に立っていた無表情な男が、問いかけるようなまなざしを投げてくる。
「この5枚目と6枚目の間がおもしろいところだろうに。なんといっても英雄セフィロスと神羅副社長のホンバン生写真だ」
「副社長」
眉をひそめて、ツォンは咎めるように言った。
ルーファウスは、フンと鼻で笑った。
「これはおまえがとったのか?」
「いえ……情報屋です」
「情報屋?」
「ええ。誰かから依頼がでているようです」
ルーファウスは鋭い目で、ツォンを見つめた。
「誰かはわかりません。一応、この情報屋は押さえましたが……裏にいる人物がわかりませんので、手出しはできません」
「……どこで、会った?」
「セフィロスのマンションを張っていたところを押さえました」
「………親父か」
「おそらく……。ですが、プレジデントであれば、タークスに命令がくるはずです。ですが、私には来ていません。ということは……」
「ヴェルドか?」
「わかりませんが……そうかもしれません」
「ヴェルドが、その情報屋を雇ったということか?」
「他のタークスかもしれませんが……。タークス内でも、命令を受けた仕事の情報は開示されません。全部、知っているのは主任だけです。ですが、今回は主任に確認をとるのも、危険かと」
「なるほどな………」
ルーファウスは、唇を噛んだ。
だが、ふと、ツォンを見上げた。
「なぜ、セフィロスの家の近くなどに、おまえがいた?」
「副社長を尾行させていただきました」
ルーファウスは、思わず、目を見開いた。
「……昨日か」
「はい」
ルーファウスは、苦い笑いを浮かべた。
「……まったく気がつかなかったな………親父の命令か?」
「はい」
ルーファウスは眉を寄せて、ツォンを見上げた。
「……つまり、親父は、おまえに私を尾行させ、他の誰かにセフィロスの写真を撮らせた、ということか……?」
「おそらく、そういうことになるかと思います」
つまりは、父親に、セフィロスとのことを感づかれた、ということだった。
もちろん、まだ、確信はもっていないだろう。
だからこそ、セフィロスと自分の両方をマークさせたのだ。
だが、この写真と、ツォンの報告があれば、それは完璧な証拠になるというわけだった。
ルーファウスは、小さく笑った。
「で?なぜ、おまえは、ここにいるんだ?」
ツォンが、ルーファウスを見つめる。
「なぜ、親父のところに、報告に行かない?」
「……私の今の職務は、副社長をお守りすることですから」
ルーファウスは、肩をすくめた。
「それでは理由にならんな。親父の命令の方が優先されるだろうが」
「………実は、その情報屋は、古い知り合いでして。一度なら、脅しをかけられます」
「……弱みを握っている、ということか?」
「はい」
ツォンは、まったくの無表情だ。
だが、その黒い瞳には、わずかに剣呑な光がある。
ルーファウスは、悟っていた。
やはり、このツォンも、タークスの一員なのだ。
後ろ暗い世界をくぐりぬけてきた男なのだ。
「ですから、お望みであれば、この写真は握りつぶします。ですが、一回だけです」
「………なるほど」
ルーファウスは、くっと笑った。
「では、もう一度、聞く。なぜ、おまえは、私を助ける?」
ツォンは、しばらく黙ったまま、ルーファウスを見つめていた。
ルーファウスも、また、黙って、ツォンの黒い瞳を見つめ返す。
ようやく、ツォンが口を開いた。
「私はタークスです。プレジデント直属の部下です。ですが……私にも感情はあります」
ルーファウスは、眉を寄せた。
「感情……か?」
「はい」
「………私は、感情、というものは信じていない。よって、その理由では納得できん」
ツォンは、また口を閉ざした。
「………では、貸しを」
「貸し?」
「はい。副社長に貸しを作ります」
ルーファウスは、少し考え、だが、ふっと笑った。
「おまえは、変な奴だな。そんなことをして、おまえになんの得がある?」
「……いずれ、この貸しが役に立つときもくるかと」
ルーファウスは、思わず、笑った。
「いいだろう。では、おまえに借りを作ろう」
そして、写真をツォンに手渡す。
「処分を」
「はい」
ツォンは、写真を受け取り、封筒に入れると、内ポケットに閉まった。
「副社長。先ほども申し上げましたが、この手が使えるのは、今回限りです」
「わかっている。次に写真をとられたら、おしまい、ということだな」
「はい。それに、私へのプレジデントからの命令も、まだ有効です」
「つまり、いつまでも報告しないわけにもいかない、ということだな」
「はい」
ルーファウスは、小さくうなずいた。
「わかった」
「では、失礼します」
ツォンは、淡々と言うと、一礼し、副社長室を出て行った。
2011年5月13日 Up