つかの間の夢 14

「あ……あああ……っ」
ホテルの一室に、女の嬌声がひときわ高く、響いた。
ルーファウスは、反りかえる女の身体を抱きしめ、己を深く、その身体に突き入れた。
腰から背筋へと、強い快感が走り抜け、自分のものが精を吐き出すのを感じる。
それは、とてもわかりやすく、単純な快感だ。
身体の奥深くで感じる、別の快楽を知った今でも、それはやはり、快感には違いなかったし、男の身体を満足させてくれるものではあった。
だが、自分の下で震える柔らかい身体に包まれたまま、欲望を吐き出しているにも関わらず、自分の身体が、奥まで貫かれて追い上げられる絶頂を求めていることに気づき、心の中で苦笑した。
精を吐き出してしまえば、波が引くように、急速に、欲望が静まっていく。
ルーファウスは、大きく息をつくと、女から身体を離し、シーツに身体を投げ出した。
欲望を吐き出した後の火照った身体に、シーツの冷たさが心地いい。
ルーファウスは、目を閉じ、荒い息を整えた。
ふと、身体に女の細い腕がからまったのに気づく。
思わず、眉を寄せかけ、それをごまかすように、身体を起こし、女に口づけた。
うっとりとした顔でその口づけを受けた女は、腕をルーファウスの首にからめた。
だが、さりげなくその腕をはずし、女に背を向ける。
ベッドから下り、ソファに投げかけてあったバスローブに手を伸ばす。
「……もう行くの?」
明らかに不満げな声音に、ルーファウスは、申し訳なさそうな笑みを浮かべてみせた。
「すいません。明日、早いんです」
「そう……」
落胆を声ににじませ、女が呟く。
「例の研究所の視察に行かないとならないんですよ」
「研究所?」
「ええ……北カームの研究所です」
そこで、ルーファウスは、笑みを浮かべた。
「あなたのおかげで、やっと建設までこぎつけました」
「ああ……うちの銀行が融資した研究所?」
「そうですよ。とても助かった。あなたには、感謝してもしきれない」
女は、満足げに笑った。
「融資など……あなたのお父様なら、いくらでも、資金を援助してくださるのではないの?」
「そんなことはない。父は厳しいですから、自分が納得しなければ、援助はしてくれない。リアリストですからね。私は、将来のことを考えて研究所を作りたかったのですが………なかなか、私の意図を理解してもらえないのが、難しいところです」
「そうなの?」
「ええ……ですから、本当にあなたには感謝しています」
「資金の融資くらい、わけないことだわ。もし、援助が欲しいなら、それでもいいわよ」
女がからかうように、ルーファウスを見る。
「え?」
「援助が欲しいなら、言いなさいな」
ルーファウスは、驚いたように目を瞠ってみせた。
「私の資産から出してあげるわ」
「…………そんなことを私に言っていいんですか?本当に言うかもしれませんよ」
苦笑して言ったルーファウスに、女は嫣然と笑った。
「………言ってみなさいな」
女は、意味ありげな笑みを頬に乗せた。
その意味に気がつかないルーファウスではない。
だが、あからさまでは、相手の機嫌を損なうこともよくわかっていた。
「あなたは……すごいな」
ルーファウスは、呟くように言って、ベッドに近付いた。
そして、誘うように開いている唇に、口づけを落とす。
その首にまた、女の腕がからまる。
だが、今度は、振り払わず、引き寄せられるままに、女の上に覆いかぶさった。
「明日、早いのではないの?」
女がからかうように言う。
「いいです……もう少し……」
唇を重ね、うっとりと目を閉じた女の顔を見下ろす。
その蒼い瞳に、一瞬、苛立ちの色が走る。
だが、それは、巧妙にまばたきの陰に隠された。

□■□■□■□

寝室から出て、広々としたリビングを抜けると、少し小ぶりの部屋に出る。
ルーファウスの足音で、気がついていたのだろう。
すでにドアの横に立ち、待機していたツォンが、小さく頭を下げた。
「行くぞ」
短く声をかけ、足をゆるめることなく、そのまま、スイートルームのドアに向かう。
ツォンが先に立ち、ドアをあけると、外にいたルードが、ルーファウスに頭を下げた。、
「レノ。副社長が出られる。車を回せ」と呟くように、ツォンがマイクに向かって言うのを聞きながら、ルーファウスは廊下を進んだ。
「本宅に戻られますか?」
「いや。六番街だ」
「はい」
ツォンは、余計なことは何も言わず、ルーファウスを先導していく。
セフィロスの事件から、すでに、半年が過ぎていた。
あの事件に関しては、神羅が徹底的に隠ぺい工作を行ったため、まったくと言っていいほど、セフィロスの死は表沙汰にはならなかった。
セフィロスの伝説的な強さというのは、広く知れわたっており、セフィロスがいる、というだけで、神羅の敵にとっての抑止力になりえるほどのものだった。
セフィロス死亡などという情報が流れれば、神羅の敵は、こぞって敵対行動をとるだろうし、また、表面上は神羅におもねっている連中の中にも、それをきっかけに、敵に回る者たちが出てくる可能性も否定できなかった。
そんなわけで、プレジデントは、セフィロスの事件に関しての緘口令を敷いた。
もっとも、どれほど圧力をかけ、マスコミを押さえたとしても、人の噂というものを、完全に止めることはできない。
世間では、セフィロスが怪我で再起不能だそうだ、という噂や、実はすでに死んでいるのだ、という事実を言い当てた噂、あるいは反逆罪で、ひそかに処刑されたのだ、というような噂まで、さまざまなものが飛び交っていた。
あれだけ、ニュースなどでの露出度の高かったセフィロスが、ピタリと報道されなくなったのだから、それは当然のことだろう。
だが、どれだけ人々が裏で騒いでも、結局のところ、真実は誰にもわからなかった。
神羅の社員たちでさえ、その真実を知らない、とあっては、もうどうしようもなかったのである。
人々の日常は、変わらずに続き、その中で、次第に、セフィロスの話題も沈静化していった。
そして、しばらく神羅を悩ませていた、反神羅組織アバランチの活動も、ここしばらく鳴りをひそめていることもあり、ルーファウスの身辺も、平穏を取り戻しつつあった。
セフィロスの事件のあと、事後処理や隠ぺい工作に追われたタークスも、次第に、通常業務に戻りつつあり、再び、ツォンやレノ、ルードといった面々がルーファウスの警護につくことも増えていた。
あの日、ルーファウスを神羅本宅まで送り届けたツォンは、カンパニーに戻り、そのまま、調査のために、ニブルヘイムに入った。
その後、十日ほどたってから、ミッドガルに帰還したツォンは、ルーファウスを家まで送り届けるという名目で車に乗せ、ニブルヘイムの件を報告した。
おそらく、あれも、ツォンの独断だったのだろうと思う。
すでに、父親の緘口令は出されていたし、ルーファウスがどんなに探りをいれても、父親は一切、答えなかったからだ。
だが、もしかしたら、父親も答えようがない部分もあったのかもしれなかった。
ツォンの話を聞いても、あの事件のことは、よくわからないことが多すぎた。
セフィロスが、人体実験の末、作り出された生命体だったこと。
そして、父親が、あの宝条であったこと。
母親は、宝条の部下だった科学者で、自らの身体を実験に提供したこと。
そこまではわかった。
確かに、それは、衝撃の事実ではあった。
セフィロスが、なぜ自分だけがこうなのか、と思う、と言っていたことを思い出す。
おそらく、セフィロス自身、常々、人間ばなれした自分の戦闘能力に、疑問を感じていたのだろう。
(「おれはただの人間だぞ」)
セフィロスが、時折、口にしたその言葉。
あの頃は、その言葉は、ただの言葉遊びにも似た意味しかもっていなかった。
だが、あれは、もしかしたら、人間ばなれした自分への、得体のしれない疑惑が言わせていた言葉なのかもしれなかった。
そして、普通の人間ではない、とわかった時、セフィロスは絶望に沈んだのかもしれない。
絶望の中で、人間以上の存在であることに、なにかの救いを見出したのだろうか。
だが、人体実験によって作り出された生命体であろうとも、ルーファウスの知るセフィロスは、人間だった。
豊かな感情を持ち、他人を、あれだけの強さで愛することのできる、どこまでも人間らしい、人間だった。
なぜ、それではいけなかったのだろう。
セフィロスが、どんな出生だろうと、たとえ、それを知ったとしても、自分は、変わらず、セフィロスを愛し続けただろうと思う。
だが、セフィロスは、帰ってはこなかった。
その場にいたタークスの話では、自分で魔晄の中に飛び込んだ、ということだった。
ジェノバの、遺された身体を抱きしめて――――。
ルーファウスは、首を振った。
何度考えても、わからなかった。
そして、結局、どれだけ考えても、すでにセフィロスが喪われた今、その答えは決して出ない。
(『待ってろ』)
それが、セフィロスの声を聞いた、最後だった。
もう半年も前のことだというのに、その言葉は、ルーファウスの耳の奥に残り、色あせることもない。
帰ってくるはずがない相手。
だが、それを、その言葉どおり、心のどこかで待っている自分がいるのを、知っている。
待っても仕方がないとわかりつつ、こうして待ってしまう心とは、何なのだろう、と思う。
自分の心が、あの日で止まっているのを感じる。
それでも、こうして、日常は流れていく。
その中で、普通に、食事をし、仕事をし、人と会話をしている自分が不思議でさえある。
止まった心を抱え、こうして、ずっと生きていくのだろうか。
それとも、いつか、待たなくなる日がくるのだろうか。
それも、わからなかった。

「――――副社長」
ツォンに声をかけられ、ルーファウスは我に返った。
「到着しました」
車は、いかにも高級そうな高層マンションの前に止まっていた。
ルーファウスは、ここ最近、このマンションをよく訪れている。
六番街といえば、もう、ツォンは確認することもなく、ここに車をつけるようになっていた。
ツォンがすばやくおり、後部座席のドアを開ける。
ルーファウスは、車から降り、軽く手を振った。
「おまえたちも帰っていい。朝三時に迎えをよこすように、本宅に伝えてくれ」
「はい」
頭を下げるツォンに背を向け、オートロックのセキュリティを抜ける。
エレベーターに乗り、目的のフロアで下りれば、そのフロアに一つしかない部屋のドアが、奥に見えた。
ドアを開け、ルーファウスを迎え入れた男に、ルーファウスは、微笑み、小さく頭を下げた。
「遅かったね」
四十代前半のその男は、取引先の企業の社長だった。
とはいえ、それは表向きのことで、噂では、闇の世界にも大きな影響力を持つらしい、黒い噂に包まれた人物だった。
「すいません。前の用事が長引きまして」
男は、ルーファウスを室内に導きいれながら、苦笑した。
「どこにいたのかが気になるところだが……まあ、いい。おいで」
ルーファウスは、微笑んで、男の手を取った。

「で……?今度はいくら必要なんだ」
気だるい身体をシーツに横たえ、快楽の余韻に浸っていたルーファウスは、思わず、顔をあげた。
「はい……?」
ルーファウスを見下ろして、男が皮肉めいた笑みを浮かべていた。
「ここに来る前に、どこかの令夫人と会ってきたのだろう?」
「………まいりましたね」
ルーファウスは、思わず笑った。
「そんなことをしなくても、金なら、私が出してやる、と言ってるだろう」
ルーファウスは、くすくすと笑った。
「やっぱり、あなたはいいな。女性は、むずかしい」
「だから、もう、女どもと付き合うのはやめろ、と言っているだろうに」
「そういうわけにもいきませんよ」
ルーファウスは、面倒くさそうに言うと、再び、身体をシーツに投げ出し、のんびりと伸びをした。
「………で、いくらだ」
「言ったら、くださるんですか?」
ルーファウスは、からかうように言った。
「言ってみなさい」
少し考え、ふと、男の耳に口を寄せる。
囁かれた言葉を聞いて、男はしばらく、宙に視線を投げた。
やがて、呟くように言う。
「それはまた、大金だな」
「はい」
ルーファウスは、苦笑した。
そして、話は終わったとでもいうように、うつ伏せになり、楽なように、枕を抱え込んだ。
「……まあ、いいだろう」
だが、男の言葉に、思わず、動きを止める。
そして、男の顔を、まじまじと見つめた。
「……本気ですか……?」
「私が嘘を言ったことがあるか?」
「ありませんが……でも、この金額は……」
「私が出さなければ、君は、金が集まるまで、別の女共や男共のところに行くのだろう?それは、なるべくなら阻止したいからな」
ルーファウスは、目を瞬き、やがて、笑った。
「とんでもない人だ。でも、いいですよ。そんな金を一気に動かしたら、あなたの立場も悪くなる」
男は、にやりと笑った。
「私の噂くらい、君も知っているだろう?裏の金というのは、流れは見えないものなんだよ」
ルーファウスは、眉をあげた。
「もちろん、洗ったきれいな金だ。安心して使っていい」
「…………なにに使うか、聞かないんですか?」
「君が、遊びに使うなどとは思っておらんよ。おおかた、なにか、カンパニーとは別に、自分の資産で自由にできる企業やなにかが欲しいのだろう?」
ルーファウスは驚いて、目を瞠った。
「なんだ、私が気がついていないとでも思ったか?」
男は鼻で笑った。
「私がただ君に溺れて、金を出す、と言っているとでも?私は、君を信頼しているし、高く買ってもいる。もし、今後、君が神羅の社長になれば、それはそれで、私としても強力なパートナーができるわけだ。たとえ、君が神羅の社長にならなかったとしても、私は君との付き合いをやめるつもりはない。君は、実業家としての才能を持っている。君とのつながりは、将来、私にとっても、有益になることは確実だ。いいか、ここだけの話しだが、私は、君の父上よりも、君を高く買っている。私のことは、神羅を抜きにした、パートナーだと思ってくれていい」
ルーファウスは、男を見つめ、小さく笑った。
「………ありがとうございます」
男の手が伸び、ルーファウスの唇に触れた。
「本当は、君を私の息子にしたいくらいだよ。そうすれば、私は、愛しい愛人と、有能な跡継ぎ、両方を一度に得ることができる」
ルーファウスは思わず苦笑した。
「相変わらず、欲張りな人だ」
男も、つられたように笑った。
「そう、私は欲張りなんだよ。だが、それは君も、だろう?」
男の親指が唇を割り、中に入り込む。
「まあ、いい。とりあえず今は、私がそれくらいの気持ちを君に抱いている、ということを覚えていてくれればいい。私にできることは、なんでもしてあげよう」
男の指に、顎をそっと愛撫され、身体の奥深くに残る熾火に火が灯る。
「まあ……話はこれくらいにしよう」
男の声が、情欲をにじませる。
「それほど、いられないのだろう?……おいで」
耳元で囁かれ、体が熱くなる。
「上に」
身体の熱に導かれるままに、ルーファウスはベッドの上に座る男の身体を跨ぐように、その上に乗った。
伸びてきた男の両手に顔を包まれ、深く、口づけられる。
この男とのセックスは、嫌いではなかった。
そこには深い快楽があったし、強く抱かれ、思いのままに揺さぶられている間は、何も考えずに、ただ奔放に快楽を求めていられるのが心地よかった。
掴まれた右手が、男の体の中心に導かれ、勃ちあがりかけている欲望を握らされる。
キスを交わしながら、男のそれに、指をからめ、愛撫する。
男の指もまた、ルーファウスのペニスにからめられる。
弱いところを知っている指に、的確に愛撫され、ルーファウスは喘いだ。
腰を掴まれ、硬く勃ちあがった男の楔の上におろされる。
「ああ………」
ルーファウスは導かれるままに、自分から腰を落とし、男を受け入れていった。
一度、開かれたそこは、まだ熱を持ったまま、柔らかくほどけており、すんなりと怒張を飲み込んでいく。
「…は…………」
もう、馴染みになった快感に喘ぎながら、ゆっくりと腰を落として行き、やがて、熱く脈打つものを根元まで体内に受け入れた。
「自分で動いて」
囁かれ、うなずく。
ルーファウスは、男の首に腕を回し、腰をゆっくりと動かしはじめた。
感じる場所に男のものを導き、硬い切っ先で、自分の身体を抉らせる。
「……あ……あっ……あ……」
強烈な快感に喘ぎ、声をあげながら、腰を動かし、快楽を貪っていく。
すでに硬く勃ちあがった自分自身を、男の腹にすりつけるようにしながら、両方の快感を追い求める。
まったく、あさましいな、と、冷静な頭で思う。
だが、快楽を覚えこまされた身体は、どうしようもなく快感を欲し、歯止めなどきかなかった。
「いつも思うんだが、君は、あやういな」
扇情的に動くルーファウスの身体を支えながら、男が言った。
「……私が?」
ルーファウスは、身体の動きを止め、目を瞬いた。
「ああ」
「そんなことを言われたのは、初めてですよ」
ルーファウスは、苦笑した。
「いつも、傲慢だとか、えらそうだとか言われてますから」
男は、笑った。
その動きに、身体の奥を刺激され、ルーファウスは、走った快感に身体を震わせた。
そして、また、ゆっくりと腰を動かし、快感を引き出していく。
「ときどき、心配になる」
「……心配……?」
「なんだか、寂しそうでね」
ルーファウスは、笑った。
「……それが私の……手かもしれませんよ」
「……なるほど」
男が笑い、ルーファウスの腰を掴み、ぐいと下に引き落とした。
「あああっ」
奥まで受け入れさせられたまま、シーツに押し倒され、その拍子に、中を抉られ、ルーファウスは、身体を震わせた。
足を大きく広げられ、腰を打ち付けられる。
「あっ…あっ……あっ……」
何度も、男の身体を打ち込まれ、背筋を走る快感に呻く。
シーツを握りしめ、追い上げられた絶頂に身体を震わせ、背を反りかえらせた。
その腰を抱えあげられ、足を深く折り曲げられ、のしかかった男の身体を、さらに深く突き込まれる。
「んんっ……」
苦しい体勢に、眉を寄せ、少しでも楽になろうと、身体をずり上げる。
だが、身体を力任せに引き寄せられ、強い力で肩を押さえこまれ、ルーファウスは痛みに呻いた。
また、痣ができるかもしれない、と、まだ冷静な頭の隅で思う。
この男には、最後には、犯されるように抱かれるのが常だった。
力にまかせて組み伏せられ、身体を押さえつけられながら、容赦なく抱かれる。
身動きもできないような体勢で、身体を奥まで開かれ、手加減もなしに突き上げられるのは、正直言って苦痛だ。
だが、それでも、自分の身体が快感を拾っていくことを、ルーファウスは、すでに知っていた。
肩を、強い力で抑え込まれ、男の体重をかけられ、身体を何度も突き上げられる。
奥深くまで打ち込まれるそれに、身体を内側から殴られるような感覚に、顔を歪ませる。
だが、痛みに呻きながらも、押し寄せてきた快感に涙をあふれさせ、ルーファウスは、何度も、絶頂を極めた。

マンションのエントランスを抜け、裏通りに出る。
そこに、見慣れた黒い姿を見つけて、ルーファウスは目を瞬いた。
「……帰らなかったのか」
ツォンは、車の横に立ち、少し頭を下げた。
「少し、心配でしたので。レノとルードは帰しました」
「心配?」
「はい。少し、お顔の色が悪いかと」
「心配ない。少々疲れているが、それだけだ」
ルーファウスは、そっけなく言い、ツォンが開けたドアから車に乗り込もうと身をかがめた。
だが、突然、ふらり、と身体が傾き、ルーファウスは、あわてて、手を伸ばした。
その腕を、力強い手が掴み、背に回された手が、倒れかけた身体を支える。
「大丈夫ですか」
ツォンが、眉をひそめている。
腕と背中を支える、温かい手。
ルーファウスは、自分を見下ろしている、静かな黒い瞳を見つめた。
いつも、こうして、この手に支えられてきた、と思う。
この手に、支えられ、全力で守られてきた。
だが、自分は、この、温かい手さえも、裏切ろうとしている。
このところ、毎晩のように、何人もの情人の元を訪ねているのは、資金を集めるためだ。
もちろん、集めた資金は、カンパニーとは独立した、ルーファウス自身の資産を投資した、企業や研究所などの資金にも回っていたが、大部分は、テロ組織アバランチに流れていた。
ここ最近、目立つようなテロ行為は行っていないアバランチだが、実際は、大きなテロへの準備を進めているところだった。
来月、ロケット村で、開催が予定されている打ち上げショー。
その場で、アバランチが父親を暗殺する手筈になっているのだ。
そのための準備は着々と進んでいた。
プレジデントもルーファウスも出席するとなれば、おそらく、警護は、タークスが行うことになるだろう。
父親の警護につくのは、ツォンかもしれない。
もしそうだとしたら………ツォンは、自分の身体を盾にして、父親を守るだろう。
自分が、この、忠実な男を殺すことになる。
だが、そう思っても、なにも感じない自分がいる。
ツォンが目の前で死んだら、自分は、なにか思うのだろうか。
それも、わからなかった。
感情などというものは、自分から全て、抜け落ちてしまったような気もした。
いや、そうではなく、やはり、感情などというものは、もともと、自分の中には存在しなかったのかもしれなかった。
「副社長?どうかなさいましたか?」
「いや……」
確かなことは一つだけだ。
もう、すべてが、動き始めている、ということだ。
そして、後戻りはできない。
行きつくところまで、その先に何があろうと、突き進んでいくのみだ。
たとえ、その先に待つものが、自分の死であろうとも。
「……帰る」
「はい」
温かい手に支えられ、車に乗り込み、ドアが閉められる。
ふと、離れていった温もり。
それを寂しいと思い、そんな気持ちが、まだ自分に残っていたことに、ルーファウスは、思わず、苦く笑った。

2011年5月21日  up

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