つかの間の夢 10

「ルーファウス」
ざわめく会議室を出ようとしていたルーファウスは、プレジデントに呼び止められ、足を止めた。
「はい、社長」
「今日も、コスタか?」
「……はい」
ルーファウスは、少しためらう素振りをみせて、答えた。
近くにいた数人の重役たちが、興味津々といった視線を、さりげなくこちらに向けているのに気づき、心の中でほくそ笑む。
プレジデントは、あきれたように眉をあげた。
「遊びたいのもわかるが………ほどほどにしろ」
「……申し訳ありません」
「まあ………仕事もこなしてはいるようだしな。やることをやっているなら、問題はないが」
「はい、それは、承知しております」
「ふむ。まあ、おまえは若い。遊ぶなとは言わん。だが、常に、神羅の副社長であることを肝に銘じておけ」
「はい」
「羽目を外しすぎるなよ」
「はい、わかってます」
「いいだろう。行ってこい」
ルーファウスは、頭をさげ、会議室から出た。
外で待っていた秘書が足早についてくる。
それに、手に持っていた携帯用の端末を渡し、
「ヘリを回してくれ」
と、早口に命じる。
「はい」
秘書が慌ただしく携帯をとりあげ、ヘリを用意するように伝えるのを聞きながら、ルーファウスは、心の中でひそかに笑っていた。
ルーファウスは、ここ一ヶ月ほど、週末は必ず、コスタ・デル・ソルの別荘に入り浸っていた。
それも、仕事が終われば、そのままカンパニーからヘリを飛ばして、コスタに直行する、という、えげつないやり方で、である。
週末は、コスタから一歩も出ず、週明けは、コスタから、またヘリでカンパニーに出社。
この行動が、社内で噂になるのには、一週間もかからず、いまでは、カンパニー全体に、副社長の乱行ぶりが知れ渡っていた。
順調だ、と心の中で思う。
例の閲兵式の後、父親の機嫌が悪くなったのは、よくわかっていた。
もちろん、したたかな父親だ。
表面では、あのセフィロスがルーファウスにひざまづいたことや、軍がルーファウスに歓呼の声をあげたことを、大いに称賛してみせた――もちろん、ギャラリーの前で。
だが、実際は、相当、怒りを覚えていただろうと思うし、また、ルーファウスに対し、疑いの目を向け始めていただろうことも、よくわかっていた。
だからこそ、自分を尾行させ、セフィロスの写真を撮らせたのだから。
ところが、そこへきて、この乱行ぶりである。
ルーファウスの評判は、実際のところ、ガタ落ちであったし、ルーファウス自身の関心が遊びに向けられていることに、父親が、ひそかに安心していることも、ルーファウスはわかっていた。
それこそが、狙いなのだ。まったく順調だった。
「ヘリは10分後に着きます」
「わかった」
「副社長室に戻られますか?」
「いや、このまま行く……ああ、プライベート用の携帯を置いてきたままだな」
「取ってまいります」
「ああ、頼む……いや、きょうは、タークスがつくのか?」
「確認します」
「タークスの誰かがつくなら、その者に持ってこさせてくれ」
「はい」
すれ違う社員達が頭を下げるのに、軽くうなずきながら、廊下を歩いていく。
本社ビルのヘリポートは70階にある。
同じ70階にある社長室からは直接、ヘリポートに出られるが、ルーファウスにはまだ、そのルートを使う権限は与えられていない。
そのため、わざわざ一階ロビーまで下り、そこからヘリポートへの直通エレベーターに乗り換えなくてはならなかった。
だが、それも、パフォーマンスにはもってこいだ、とひそかに思う。
せいぜい、噂を流してくれよ、と心の中でつぶやきながら、金曜の夜とあって、遊びに繰り出そうとする社員達が数多く行きかうロビーを、秘書を従え悠々と突っ切った。

□■□■□■□

「副社長」
ヘリに乗り込んできた、ツォンが、ルーファウスにプライベート用の携帯を手渡した。
「ああ、ありがとう。今日は、おまえか」
「はい」
「よろしく頼む」
「はい」
ツォンは軽く頭を下げ、ルーファウスの向かい側に腰を下ろした。
ツォンが、外にいる副操縦士に手をあげて合図をすると、扉が閉まり、操縦士の「出発します」という声がスピーカーから流れた。
ふわりと機体があがり、ヘリが離陸する。
夕闇が包み込むミッドガルの街は、あちらこちらで照明が輝き始め、週末の夜を迎えようとしている。
美しい夜景を演出し始めているミッドガルを離れ、ヘリは、西に向かって飛び始めた。
ルーファウスは、シートに足を組んで座り、ぼんやりと進行方向に目をやった。
コスタ・デル・ソルは、ミッドガルからまっすぐ西に、2時間程度、飛んだところにある。
そして、そのさらに西、大陸の西端にあるのが、ウータイだ。
今、セフィロスは、再び、ウータイに派遣されている。
ジュノンでの閲兵式の後、一度、ミッドガルで会ったきりで、再び、ウータイに出撃していき、もう一ヶ月以上、会っていなかった。
(このまま、ウータイまで行ってしまおうか)
そんなことが、できるわけなどないことは知っている。
戦場にルーファウスが行けるわけがなかったし、だいたい、ヘリの燃料も、ウータイまでなどもたない。
それでも、そんなことを考えてしまう自分に苦笑する。
こうして、コスタ・デル・ソルに入り浸り、乱行ぶりをアピールしているのも、結局は、セフィロスとの関係を父親から隠し、そして、これからも逢瀬を続けるためにしていることだった。
ミッドガルで、セフィロスに会うのは、もう無理だった。
セフィロスの家で会えば、また写真をいつ撮られるかわからなかったし、神羅本宅は、はなから問題外である。
どこかのホテルで会うにしても、セフィロスもルーファウスも、お互いに目立ちすぎる。
となれば、ミッドガルから出るしかなかった。
だが、ただ出るだけでは、行った先で監視の目が光るだけである。
だったら、「木を隠すなら森の中」である。
つまり、コスタ・デル・ソルで、遊びまくればいい。
遊びまくり、その中に、セフィロスとの逢瀬を紛れ込ませればいいのである。
もっとも、ミッドガルでも、それをやってはいた。
上流階級の夫人たちとの情事をカモフラージュにはしていたのである。
だが、それもそろそろ限界だったし、やはり、ミッドガルでは、行動の自由がなさすぎる。
コスタであれば、ある程度の自由は得られるだろうと踏んでいた。
それに、要は、父親の目をごまかせばいいのである。
つまり、父親を油断させればいい。
コスタで乱行を繰り返せば、それは当然、父親の耳にも入る。
ルーファウスのことで、いろいろと疑ってきている父親とて、その噂が耳に入れば、考えも改めるだろう。
それに、自分が、昔から、なにかと噂の種になっていることは、ルーファウスもよく知っていた。
おそらく、自分の外見や、態度も関係しているのだろうが、あのプレジデントの息子、というだけで、そこにはあるイメージがつくのだろうと思う。
つまり、いわゆる、金持ちのぼんぼん、である。
そして、一般的な金持ちのぼんぼんのイメージは、金を使いまくり遊びまくるイメージである。
これはもう、昔から、面と向かって、遊んでいるのだろう、というような意味合いのことを、なにかにつけて言われてきていたから、わかっていた。
もちろん、あながち、嘘でもない。
上流階級の夫人たち、何人もと関係をもっている
だが、言ってみれば、彼女達との付き合いはすべて、夫人達からの誘いだった。
ルーファウスから、行動を起こしたことは一度もない。
もちろん、ルーファウスも男だ。
性欲はあったし、そのはけ口も必要だった。
だが、では、自分が、セックスが好きかどうか、と言われると、よくわからないのである。
なにかと言われてはいるものの、実際のところ、付き合いがあるのは、その夫人達だけである。
それに、酒もそれほど強くはないし、賭けごとにも興味はない。
もちろん、ばか騒ぎにも、まったく興味はなかった。というより、そんなことは、したことがないのである。
つまり、実際の自分は、そうした世間一般のイメージからは、遠く離れている、と思う。
だが、今、その世間一般のイメージというものは、大いに、利用できる。
そのとおりに振る舞えば、コスタに入り浸ろうと、何人もの愛人をベッドにひっぱりこもうと、「ああ、やっぱりね」と言われるだけで済む。
そして、この一ヶ月、ルーファウスは、コスタで、さんざん金を使い、乱行ぶりをアピールした。
父親は、もしかしたら、「例の女」と別れたうっぷん晴らし、とでも思っているのかもしれないが、それはそれで、好都合だった。
当然、コスタにも、SPはついてくる。
だが、その監視も、少しずつ、緩んでいる気がするのだ。
もっとも、そこはプロである。きっちりと警護はしてくるものの、あまりプライベートに踏み込むのも、ためらわれるのだろう。
ルーファウスが、海岸や店で、女たちを戯れていれば、ほとんどどこにいるかわからないほど、その存在を消しているし、別荘内では、基本的に、プライベートゾーンには立ち入らない。
これは、いい傾向だった。
そして。
実は、ルーファウスには、計画している、あることがあった。
その計画を推し進めるためにも、行動の自由は不可欠で、いまの、この状態は、願ってもない状況だったのだった。

外はすっかり暗くなり、眼下を見下ろせば、黒い深淵が見えるばかりである。
おそらく、海の上空に差し掛かったのだろう。
ルーファウスは、腕を組み、目を閉じた。

□■□■□■□

白い砂浜と真っ青な海。
コスタ・デル・ソルは、今日も晴天だった。
ミッドガルでは、そろそろ秋になろうかという季節だが、ここ、コスタでは、真夏の太陽がさんさんと照りつけ、ビーチパラソル越しでも、眩しいほどだ。
ルーファウスの瞳は、少し緑がかった淡い蒼で、強い太陽の光には弱い。
サングラスをかけ、パラソルの下に置かれたビーチチェアに寝転がっていても、かすかに目が痛んだ。
周りでは、子供や若い女たちの、楽しげな声が響いている。
ここは、神羅カンパニーが経営するホテルのビーチだ。
高級リゾートをうたうリゾートホテルだけあって、コスタの中でも一番、高級感の漂うホテルである。
当然、そのビーチも、コスタの一等地にあり、広々としたスペースに、パラソルとビーチチェアが並び、ホテルの宿泊客がのんびりと余暇を過ごしていた。
もっとも、ルーファウスが滞在するのは、ホテルの隣に位置する神羅の別荘である。
別荘の前にも、美しいプライベートビーチが広がっているが、そこにいたのでは、自分の姿を見せることはできない。
それで、わざわざ、こちらまで出てきているのである。
そんな自分を見て、どんな噂が飛び交っているかも知っている。
神羅のぼんぼんは、朝から晩まで、海岸で女を物色しては、ベッドに引き込んでいる。
願ってもない噂だ、と思う。
その噂のせいで、今、これからしようとしていることは、見事にカモフラージュできるわけだし、それに、そういう噂がたてば、まともな女は近付いてこないだろう、という読みもあった。
雑誌を読むでもなくめくり、運ばせたカクテルを口元に運ぶ。
ふと、手元に影が落ちたことに気づき、ルーファウスは目をあげた。
目の前に女が一人、立っていた。
すらりとした、若い女だ。
白いビキニタイプの水着に、ヒールの高いサンダル。
手には、ボリュームのあるバングルを何本も、じゃらじゃらと重ねづけして、長い爪も、きれいにネイルアートで飾られている。
程良く日焼けした顔は、目のぱっちりと大きな、可愛らしい顔立ちをしている。
いかにも、遊んでいそうな今風の女だ。
だが、その目が、その外見を裏切っていた。
意志の強そうな、ひと目でなにかを感じさせる瞳。
「ここ……いい?」
女が、隣の空いているビーチチェアを指さして言った。
「どうぞ」
ルーファウスは、周りの視線が集中していることを意識しながら、女に向かって微笑んだ。
女はビーチチェアに腰を下ろすと、足を組んで、ルーファウスに誘うような視線を投げた。
うまいぞ、と思う。
ビーチパラソルは、一つ一つがそれなりの間隔をあけて、立てられている。
おそらく、自分たちの会話はまわりには聞こえないだろうが、表情などは見えるだろう。
女もそれをわかっているようだった。
「どこから来たの?」
「半分、ここに住んでいる」
その答えに女は、くすりと笑った。
「君は?」
「……コスモキャニオン」
囁くように、早口に言う。
ルーファウスは、微笑み、小さくうなずいた。
「そろそろ冷たいビールでも飲みたくなったな……一緒にどうかな?」
女がうなずく。
ルーファウスは、立ちあがり、手を差し出した。
「行こう」
立ちあがった女の腰に手を回す。
一瞬、びくりとした女に、心の中で苦笑する。
「もうすこし、笑ったほうがいい」
女の耳元で囁き、ルーファウスは、のんびりと砂浜を歩き出した。
砂浜を抜けると、細い道に出る。
両側に木が植えられ、花が咲き乱れる美しい小道で、その道を少し行けば、ホテルのプール、そして、ホテルへと続く木の門があり、そこを通り過ぎて奥に行けば、神羅所有の別荘の敷地になる。
もっとも、見た目を考慮して、別荘の敷地の周りに塀などが造られているわけではない。
あくまでも、ホテルとの統一感をもたせた開放的な造りになっているのだが、実際は、その境界線のところに、赤外線センサーや防犯カメラなどの防犯システムが、二重三重に備えられている。
警備員も、人目につくところには立っておらず、少し奥まったところで、モニターでチェックするという体制になっていた。
もちろん、ルーファウスの出入りはフリーパスだが、同行する女は別である。
別荘の敷地に通じる門を抜けたところで、女性警備員が現れた。
「おかえりなさいませ」
ルーファウスに敬礼をし、女に軽く頭を下げる。
「ボディチェックをさせていただきます」
女は、肩をすくめた。
それへ念入りにチェックしていく。
胸元や、腰など、男性警備員ではチェックできないところも、きちんと調べていく。
それを、腕を組み見守りながら、ルーファウスは、静かに、敷地内に入ってきたツォンに目を向けた。
さすがにいつもの黒服では目立ちすぎる、ということなのだろう。
私服なのか、グレーの、身体にぴったりしたVネックのTシャツに、黒のカジュアルな細身のパンツという、シンプルな服装をしている。
だが、この暑さにも関わらず、薄手のジャケットを羽織っているのは、おそらく、銃を隠すためなのだろう。
正直、この週末、ツォンがついてきたことは誤算だった。
ツォンは鋭い男である。
ただのSPならば簡単にごまかせると思うが、ツォンが相手では、かなり気をつけないとならないだろう。
ようやく、ボディチェックが終わったのか、女性警備員がルーファウスに敬礼をした。
「お待たせいたしました。どうぞ、お入りください」
「ごくろう」
女を連れて、敷地内を歩いて行くと、ようやく別荘の建物が現れる。
室内に入ると、ひんやりとした空気が身体をつつみ、ルーファウスはほっと息をついた。
あまり日焼けなどしたことのない肌には、コスタの太陽の光は強すぎる。
「おかえりなさいませ」
近付いてきた別荘の使用人に、飲み物を二つ運ぶように言いつけ、そのまま、奥の階段から2階にあがった。
2階部分は、ルーファウスのプライベートゾーンの扱いで、ツォンと言えども、緊急時以外は入ってこない。
自分の寝室に足を踏み入れ、ようやく、ルーファウスは、息をついた。
女が、バングルに手をかける。
ルーファウスは、さりげなくそれを止め、そのまま女の身体を押すようにして、ベッドに歩いていった。
少し、とまどったように歩みが遅くなる女の腰を引き、そのままベッドに押し倒した。
思わず、というように、抵抗する素振りをみせた女の耳元に「心配しなくていい」と囁く。
女のサンダルを脱がせ、その身体に覆いかぶさる。
その時、ドアがノックされ、使用人が入ってきた。
「失礼します」
ルーファウスは振り向きもせず、女の首筋に唇を寄せると、耳元から首筋、鎖骨へと、口づけを落としていく。
後ろで、グラスをテーブルに置く音が小さく響き、やがてドアがそっと閉められたのを確認して、ようやく、ルーファウスは身体を起こした。
吐息をつき、ベッドから降りる。
「……失礼した」
小さく笑って、女に手を差し出した。

アバランチ。
それが、この女の属するグループの名前だった。
反神羅を掲げた、テロも辞さないグループである。
ルーファウスが、ひそかに、このグループの幹部と接触したのは、2週間前のことである。
ルーファウスからは、情報提供と、資金提供を約束。
そして、アバランチは、ルーファウスの指示に従い、神羅に対するテロ活動を起こす。
ルーファウスは、このアバランチを使って、神羅を最終的に乗っ取ろうと考えていた。
女が、バングルをはずし、その中から、一番幅広のものを取り上げる。
なにやら操作をし、半分に割ると、中から、薄い黒いものを取り出した。
それをルーファウスに、差し出す。
それは、超小型のメモリだった。
ルーファウスは、受け取り、ベッドサイドに置いてあった端末と接続し、中のデータを呼び出した。
もう一つの端末を立ち上げ、そちらで、神羅のデータバンクに接続する。
そこまでの作業をして、ふと、女を振り返った。
「申し訳ないが、1、2時間は、ここにいてもらないとならない」
「作業にそれだけ時間が?」
「いや、作業自体は、10分もあれば終わるが………カモフラージュが必要だ」
女が、少し頬を赤らめる。
その様子に、もの慣れないものを感じる。
それと、女の目。
ただの連絡係とも思えなかった。
「君は……幹部の一人か?」
女が目を見開く。
そして、少しためらい、だが、目をあげると、強い視線をルーファウスに投げた。
「エルフェよ」
ルーファウスは、目を瞬いた。
「リーダーか」
「ええ」
「なぜ、リーダー自ら、こんなところへ?」
「あなたと会ってみたかった」
「私と?」
「信用していいのかどうか」
ルーファウスは、苦笑した。
「なるほど。それで……結論は?」
エルフェは少し考え、微笑んだ。
「信用する」
「……感謝する」
ルーファウスは、小さく笑った。
「それにしても、大胆だな」
「あまり、女性メンバーはいないのよ」
「ああ……なるほど」
ルーファウスは苦笑した。
「まあ、男の連絡係でもいいが。どっちにしろ、評判は落ちるところまで落ちている。男を寝室にひっぱりこんだと噂がたったところで、どうということもない」
エルフェは、くすりと笑った。
「では、作業にとりかかる」
ルーファウスの言葉に、エルフェはうなずいた。

2011年5月16日 Up

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