遠くで、滝の音が聞こえる。
ベッドの中で、うつらうつらとしながら、ルーファウスは、ぼんやりとその音に耳を傾けた。
ここに来た当初は、あの滝の音が耳について、時折、眠れなかったこともあった。だが、一年たった今では、すっかり耳に馴染み、まるで、生まれた時からあの音を聞いて過ごしていたような気にすらなるのが不思議だった。
閉められたカーテンの隙間から、日の光が、暗い室内に差し込んでいるのがわかる。おそらく、もう、かなり日は高いだろう。
ルーファウスは、昔から、朝、遅くまで寝ている、などということはしたことがなかった。幼い頃は、父親と朝食を共にするためには、必然的に、朝早く起き、朝食までにきっちりと身支度を整えておかなくてはならなかったのもあるが、その後、成長して、一人で朝食をとるようになっても、その習慣は変わらなかった。たとえ、それは、ミッドガルで、夜遅くまで社交界のパーティに出席した日の翌日であろうと、コスタ・デル・ソルで明け方近くまで遊んだ翌日であろうと、そしてまた、タークスの監禁施設に幽閉されていた四年半でも、それは変わらなかった。
そのせいで、外が明るいのに、こうしてベッドの中で寝ていることは、非常に居心地が悪く、罪悪感さえ感じた。
だが、そうは言っても、起き上がろうにも起き上がれないのだから、仕方がない。
三日前に40度近い高熱が出た。
常ならば、一日程度で下がるはずの熱が、今回に限っては、一向に下がらず、すでに限界まで体力が落ちているルーファウスの身体が熱に耐えられず、なにも食べることもできず、栄養剤を点滴し、ただ、ベッドに横たわっていることしかできない状況が続いていた。
この一年、キルミスターから処方される薬、それは、単に、神羅が兵士に与えていた興奮剤、という名の、言ってみれば麻薬の一種を薄めただけのものだったが、それを飲みながら、患者として、ここクリフリゾートで過ごしてきた。
幸い、ルーファウスの体質のせいなのか、あるいは、早いうちから薬を飲み続けているせいなのか、発作を起こすこともなく、皮膚から黒い膿が出ることもなく、平穏な日々が過ぎており、ともすれば自分が病に罹っているのだ、ということすら忘れそうになるほどだった。だが、そうはいっても、微熱は常に続いていたし、時折、それが高熱になることもあり、やはり、そんな時は、自分の身体が病に侵されているのだ、ということを、否応なく思い出さざるを得なかった。
そんなわけで、この一年は、時折、高熱で寝付く以外は、ルーファウスにとっても、ツォンをはじめとするタークスの面々にとっても、今までにないほど穏やかな、のんびりとした生活が続いていたと言ってよかった。
レノ、ルード、イリーナの三人は、神羅の別荘の敷地内に作られていた、小さめのコテージに住み、毎朝、9時にルーファウスのいる本棟のオフィス、それは、かつて談話室として使用されていた広めの部屋に、ミッドガルの神羅本社ビルから運んできた、さまざまな備品を置いて、オフィスとしただけの部屋だったが、そこに通ってくる。そして、ルーファウスの指示に従って、エッジやジュノン、ウータイなど、様々な場所に出向き、情報をとり、戻ってくる、という生活をしていた。
ツォンは、本棟のルーファウスの居室の廊下を挟んだ向かい側にある客室に、寝泊りをし、そこで、ルーファウスの世話と仕事の手助けを、一手に引き受けていた。
仕事は、正直なところ、山積みだった。
カンパニーの災厄関連の事後処理と様々な資産整理などに加えて、ルーファウス本人の資産や神羅家の資産の管理といった、煩雑で、多岐にわたった雑務が、キルミスターの洞窟から助け出されたルーファウスを待っていた。それは、一年たった今でも、全ては終わっておらず、まだまだ手つかずの部分が多く残されていた。ネットワークシステムが全て崩壊し、魔晄に変わる代替エネルギーもまだ確立されていない状況では、すべて、人の力を頼らざるを得ず、全てに時間がかかる、というのもその理由の一つだった。そして、また、かつてならば、それぞれの担当部署が、行っていた業務を、いまは、ほとんどすべてルーファウス自身が行わなくてはならない、ということもまた、理由の一つだった。もっとも、当時のように、常に利益を生み出し、常に、資金を動かし、常に、新しい事業を進めていっているわけでは、もちろん、ない。今、ルーファウスが行っているものは、いわば、企業を終息させるための業務であり、当時ほどの業務量があるわけではなかったが、それでも、ルーファウスが一人で処理していくとなれば、それが相当な量であることには、変わりはなかった。
ルーファウスは、吐息をついた。
三日間、仕事が滞ったことが気にかかる。昔のように、一分一秒の遅れが、多大な損失につながるようなことでは、ありはしなかったが、それでも、早く処理しないとならない案件は多く、とくに、情報にタイムラグがどうしても生じてしまう今の状況では、三日の遅れ、というのは、十分、苛立ちの原因になるものではあった。
ふと、喉の渇きを覚えて、だるい身体をベッドの上に起こした。いつでも、ルーファウスが飲めるように、小ぶりの水差しとグラスが置かれているサイドテーブルに手を伸ばす。
だが、水差しを取り上げた瞬間だった。
すさまじい激痛が全身を襲い、手から水差しが滑り落ちた。
ガラスの割れる音が響き渡る。だが、そんなことを意識する余裕もなかった。まるで、全身に杭を打ち込まれているかのような痛みに喘ぎ、そのまま、ベッドの上に崩れ落ちる。口元から、粘り気のあるものがあふれ出たが、手で押さえることもできなかった。
視界の隅で、寝室のドアが開け放たれ、ツォンが飛び込んでくるのが見える。
全身を激痛に震わせ、胸を波打たせて黒いものを吐き出しながら、ルーファウスは、自分の身体を抱きかかえた力強い腕にすがりついた。
ツォンがなにかを叫んでいたが、それすら、聞こえず、激痛に呻き、身体を震わせる。
ふと、顎を押さえられ、唇が、なにか柔らかいもので覆われた。そして、冷たいものが喉に流し込まれ、ルーファウスは、それを喉に送り込んだ。
苦しさにかすむ目に、すぐ近くにあるツォンの顔が映る。
一度、ツォンの唇が離れ、また、重なる。
再び、冷たいものが流し込まれる。それが、もう、馴染み深いものになった薬の味であることに気づく。が、それを喉に送り込んだ瞬間、まだ、こみ上げてきたものがあり、ルーファウスは、えずいた。
吐いたものが喉に詰まらないように身体を抱えられたまま、また、いまわしいものを口からあふれさせる。全て吐きだし、息をもとめて喘ぐ身体を、また仰向けにされ、再び、重なってきた唇に、冷たいものを流し込まれた。何度も、流し込まれたものを喉に送り、飲み込んでいく。
身体の中からこみあげてくるものは、ようやくおさまったが、痛みはなかなか去らなかった。ルーファウスは、自分の身体を抱きかかえる腕と、目の前にあるツォンの襟元に震える指でしがみついたまま、ただ、苦痛に耐えるしかなかった。
どのくらいの時間がたったのだろう。ようやく、痛みが和らいでいくのを感じ、ルーファウスは、荒い息をつきながら、自分を抱きかかえるツォンを見上げた。
黒い、静かな瞳が、心配そうに見つめていた。
「……大丈夫ですか……?」
目が合うと、ツォンは、そっと問いかけた。
「………ああ………」
ルーファウスは、声を絞り出すようにして言った。自分でも驚くほど、しわがれたような声が出る。だが、ツォンは、ほっとしたように大きな吐息をついた。
「よかった」
手に持ったタオルで、ルーファウスの口元を、優しく拭う。
「痛みは、まだありますか?」
「……いや……おさまった……」
「どこか、苦しいところは?」
「……いや」
ツォンは、うなずき、タオルで、汗にまみれたルーファウスの額をそっと拭いた。
そして、ルーファウスの身体を抱きあげると、ベッドの反対側のシーツの上に下ろした。
「少し、お待ちください。すぐに戻ります」
ふと見れば、自分が今までいた辺りのシーツも、寝巻も、黒いもので酷く汚れていた。立ち上がったツォンの服にも、もちろん、べったりと黒い汚れがついていた。
ツォンが寝室から出て行き、やがてすぐに、戻ってきた。汚れた服を着替え、手には、新しいシーツやタオルを抱えていた。
バスルームに行き、なにやら水音をさせていたかと思うと、濡らしたタオルを何枚か持ち、出てくる。
「本当は身体を洗って差し上げたいのですが、まだ、熱がありますので、こちらで我慢してください」
そう言うと、濡らしたタオルを、ベッドに横たわったルーファウスの顔にそっと、あてた。ひんやりとした冷たさが心地いい。ルーファウスは、そのタオルを手にとり、起き上がろうとした。
だが、まったく腕に力が入らないことに気づく。
ルーファウスが、何をしようとしているかに気づいたのだろう。
「私がやりますから」
自力で起き上がろうとあがく身体を、ツォンにそっと押さえられる。
「熱で弱っているところに、あの発作ですから。起きられなくて当たり前です。無理はなさらないでください」
「……タオルを」
それでも頑固に手を差し出したルーファウスに、ツォンは首を振った。
「また発作が起きたら困ります。なるべく安静に」
ルーファウスは、はっと口を閉ざした。確かにその通りだった。
おとなしくなったルーファウスの顔に、ひんやりとした濡れタオルをあて、ツォンの手がそっと拭う。そして、「失礼します」と呟くように言い、ルーファウスの寝巻のボタンを手早く外していった。
露わになった喉もとから胸元にかけても、濡れタオルがあてられ、汚れがきれいに落とされていく。
ツォンの器用な手に、身体を清められ、新しい寝巻を着せかけられ、シーツを取りかえられたベッドに送り込まれる。おとなしく身をまかせながら、ルーファウスは、ツォンを見つめた。
ツォンは、発作のことをなにも言わない。
ルーファウスにとっても、もちろん、恐ろしい経験だったが、ツォンにとってもショックなものだっただろう。傍から見ている分、ツォンの方が、衝撃を受けたのではないか、と思う。だが、淡々とルーファウスの世話をしていくその顔は、いつものとおり、冷静で落ち着いたものだった。
「キルミスターを呼んでまいります」
静かに言って、立ち上がる。ベッドの中におとなしく横たわるルーファウスに、そっと微笑みかけ、ツォンは、寝室を出ていった。
「ふむ……まだ、肌には出ていないな」
ルーファウスの身体を確認して、キルミスターは言った。
「普通、あれだけの発作を起こせば、出ていてもおかしくないんだが」
キルミスターはぶつぶつとつぶやくと、ルーファウスの腕に点滴の針を刺した。
「あれは、発作としては酷い方か?」
「酷い」
キルミスターはあっさりと言った。
「三日間、高熱だったそうだな。2,3日中に肌に出るかもしれん」
「徴が現れたら、進行は早い、と言っていたな」
キルミスターはうなずいた。
「高熱に発作。次は、肌に出る。出たら……」
そこで、キルミスターは肩をすくめた。
「わしに知らせてくれ。薬の量を増やすしかない」
「先生、治療法の手かがりは見つけたのか?」
「ん?……まあ、わかってきていることは多いが、治療法となるとな……なかなか難しくてな」
キルミスターは歯切れ悪く言うと、点滴の針の上にテープを適当に貼る。
「わかってきていること、というのは?」
「んー……おそらく、アレルギー反応のようなものだな、これは」
「アレルギー…?」
「まあ、それだけに、治療法というのは、難しい。アレルギーも治療法はほとんど見つかっていないくらいだからな」
ルーファウスは、眉を寄せた。
「原因は?」
「まだ、わからん……ただ、もしかしたら、ということはある」
「それは?」
「黒い水」
ルーファウスは、ハッと息をのんだ。
「社長も心当たりがありそうだな」
「……それはなんなのだ」
「そこが、わからん。だが、患者の話を総合すると、黒い水、というキーワードが出てくる」
ルーファウスは、考え込んだ。
「あとは、気力」
「気力?」
思いがけない言葉に、眉を寄せる。
「悲しいことがあったり、将来を悲観したりして、気力が失せると、この病に罹りやすくなる」
思わず、ルーファウスは眉を寄せた。
キルミスターは肩をすくめた。
「くだらん迷信のような気もするがな。だが、確かに、家族の中の一人がこの病に罹ると、家族みなが罹患する確率が高い。初めは感染したのかと思っていたが、どうも、そうでもないようでな」
「確実に感染はしないのか」
「空気感染はない。だが、他は、たぶん、感染しない、としか言えない」
「なるほど……」
考え込んだルーファウスの腕に、点滴のチューブを適当にテープで止め、キルミスターは立ち上がった。
「薬をタークスに渡しておくよ……まあ、お大事に」
そそくさと部屋を出て行こうとするキルミスターの背に、ルーファウスは、もう一度、声をかけた。
「先生、私に残された時間は、あとどれくらいだ」
キルミスターの足が止まった。
「わからんよ、それは。一ヶ月なのか、数か月なのか……。社長、あんたは長く生きている方だ。安静にして薬を飲んでいれば……まだ、生きられるかもしれん」
キルミスターの姿が、ドアの向こうに消えるのを、ルーファウスは、黙って見送った。
だるい手をあげ、額に腕をのせ、目を閉じた。
死。
それは、今回の発作で、否応なく、突きつけられた現実だった。これだけの発作を起こし、それでも自分は死なない、と思うほどには、ルーファウスは楽観主義ではなかった。
もっとも、今までも、ツォンやレノたちに見せるほどには、自分の病状を楽観視していたわけではなかった。自分の身体のことは、自分が一番よくわかる。おそらく、それほどいい状態ではないだろう、ということは、よくわかっていた。
だが、そんなことを表に出したところで、状況は、なにも変わらない。
変わらないどころか、タークスの面々を心配させ、気を揉ませることにしかならないのだ。だから、死が身近にせまっているかもしれないなど、まったく思ってもいないような顔で毎日を過ごしてはいたが、いつか、それもさほど遠くはない未来にくること、として、着々と、カンパニーの資産整理と合わせて、自分と神羅家の資産整理も、自分の死後のことを考え、処理を進めてはいたのである。
だが、やはり、一年というのは、死の覚悟を決めた者にとっては、長すぎる年月だったようだった。
いつの間にか、”死”を現実のものとは捉えなくなっていたことに気づく。死を覚悟し、己の死を前提として、仕事をすすめていたにも関わらず、これは不思議なことだった。
そして、この発作で、改めて、すぐ間近に迫った死を、ルーファウスはまざまざと感じ取っていた。これまで、自分の死と、治療法の発見、どちらが早いかの、死のレースだと、皮肉めいた気分で思っていた。だが、この発作で、大きく、自分が不利になったことを感じていた。
いつもより多めに飲んだ薬のせいか、いつの間にか、うとうととしていたようだった。
ふと、目を覚ましたルーファウスは いつの間にか薄暗くなっていた室内を見回した。目覚めたばかりの目には、ぼんやりとした輪郭しかつかめない。
だが、なにかが、ルーファウスの注意を引き、そちらに目を向けた。
薄暗さに、目が慣れ、次第に辺りの様子がはっきりと見えてくる。
ベッドの横に、見慣れた姿があった。ツォンが、ベッドに両肘をつき、組んだ両手に顔をうずめるようにして、座っていた。
声をかけようとして、だが、その両肩が細かく震えているのに気づき、ルーファウスは、ふと口を閉ざした。
ツォンが泣くのを見るのは、二度目だった。
一度目は、コレルの魔晄炉だ。裏切りが発覚し、ツォンに捕らわれ、死のうとしたルーファウスの前で、ツォンは涙を流した。
あの時、初めて、ルーファウスは、ツォンの本当の心を知った。その心が、秘めていた熱く、激しい想いを知った。
ツォンは、いつもそうだった、と思う。
自分の想いは、全て、封じ込め、己のことなど投げうって、ルーファウスを守り、助け、支えてきた。
今もそうだ。ツォンは、ずっと、自分の前では、動揺も、不安も見せなかった。
常に、平静で淡々としていた。それは、さきほどの発作の時でさえ、そうだった。
だが、それは、おそらく、自分に余計な負担をかけまいと、すべてを押し殺していたツォンの、自制心の結果なのだ。
ツォンは情に厚い男だ。そして、ルーファウスを心から愛している。そんなツォンにとって、ルーファウスの痛みや苦しみには、おそらく、本人と同じくらい、いや、もしかしたらそれ以上に、心を痛め、苦しんでいるはずだった。
ルーファウスは、そっと手を上げ、ツォンの手に触れた。
その手が、びくりと震え、ツォンが、あわてて顔をあげた。
目を見開き、
「……申し訳ありません」
呟くように言い、濡れた頬を指先で無造作に拭った。
ルーファウスは、その、涙で濡れたツォンの手をとった。
ツォンは、驚いたようにルーファウスを見つめていたが、やがて、そっと両手で、ルーファウスの手を包み込むように握った。
「……苦しいところは、ありませんか?」
囁くような声で問いかけられ、ルーファウスは、首を振った。
「……それは……よかった……」
答えたツォンの唇が、かすかに震える。
次の瞬間、身体を抱きしめられていた。
ルーファウスの身体を気遣っているのだろう。
その抱き方は、ふわりとした優しいものだった。だが、ルーファウスの首筋に落ちた冷たいものは、隠しきれないツォンの心を、はっきりとあらわしていた。
「……申し訳ありません……少しだけ、このまま……いさせてください」
ツォンが呟く。
「……今だけ…」
ルーファウスは答えるかわりに、そっと、腕をツォンの背に回した。
その背は温かく……だが、押し殺した嗚咽にかすかに震えていた。
(ああ………)
優しい腕に強く抱きしめられ、ルーファウスは、そっと目を閉じた。
その瞬間、心を満たした、深い想いがあった。
(………この男を……愛している……)
その想いは、ルーファウス自身も思わなかったほど、深いものだった。
自分が、いつの間にか、この忠実で誠実な男を、こんなにも愛していた、ということに驚く。
(ツォン……おまえを愛している)
ツォンの心臓の鼓動を感じながら、ルーファウスは、心の中でつぶやいた。
だが、その言葉を、口に乗せることは、できなかった。
おそらく、自分に残された時間は、長くはない。自分が死ねば、ツォンは、愛する者を喪う、恐ろしいほどの苦痛を味わうことになる。
ルーファウスもかつて味わった、あの、煉獄のような苦しみを、味わうことになるのだ。
それが避けられないならば、せめて、その苦しみを軽くしてやりたいと思う。
愛している、などと告げたところで、どうなるものでもない。与えてから、また奪うような真似は、ツォンを苦しめるだけだった。
それならば、まだ今の、かろうじて保っている上司と部下としての距離のまま、別離の時を迎えるべきだった。
もっとも、そんなものは、気休めでしかない、ということはわかっていた。
それでも……。
(愛している)
声にできない言葉を心の中で、つぶやき、ツォンの肩にそっと、額を寄せる。
この、優しく、強く、そしてあたたかい男が、せめて、あまり苦しまなくて済むように、と、心から願った。
END
2011年6月29日 up