本日は晴天なり

「社長ー?」
軽くノックをして、ドアを開ける。
だが、社長室……と俺たちが呼んでいる社長の自室には、その主人の姿はなかった。
「まだ、寝てるのかな、っと」
くせの独り言をつぶやきながら、社長室から続いている奥の部屋に向かう。
そこのドアを、同じように開けようとして、俺は、ふと固まった。
なんでって、この先は、社長の寝室だ。
いや、もっとも、今までは、そんなことは気にしないで開けていた。
というより、星痕の症状が酷くなってからは、社長は、ベッドから起き上がれないくらい調子の悪い日もあって、それでも、社長は仕事を休もうとはしなかったから、仕方なく、寝室まで俺たちが行って、そこで報告したりもしてた。
だから、そこは寝室でもあったが、ここ最近は、職場みたいになっていたんだ。
だけど………。
ミッドガルの伍番街スラムの教会で、泉に入り、社長の星痕症候群が治ったのは昨日の夜中のことだ。ミッドガルを出たのが、夜明け前のことでヒーリンに帰ってきた時には、すでに日は高く上っていた。
さすがに、全員、くたくたで、「今日は、休みだ」という社長の一声で、全員、そのまま、自分の部屋に直行して、ベッドに倒れ込んだ。
俺たちがオフィスにしているこの建物は、元クリフリゾートにあった、神羅の別荘だ。クリフリゾートの中でも一番奥にあり、他のロッジと少し距離があることで、社長が隠れ住むには最適だったんだ。
一階のエントランスの奥にあった談話室をオフィスにして、その奥にあった応接室を社長室。そのとなりにあった客間を社長の寝室にして、主任は、社長の寝室の向かいにあるもう一つの客間に寝泊まりしていた。
そして、俺たちは、その別荘の敷地内にあった、別棟のコテージに住んでいた。
このクリフリゾートは、社長のじーさんの時代に開発されたリゾートらしく、温泉の出る、いいところだ。
だけど、けっこう交通の便が悪いのと、その後、カンパニーがコスタとかアイシクルロッジとかの大型リゾートをばんばん開発していったことで、ここは、廃れていったらしい。
それで、キルミスターに要請された主任が、ここを思いついたってわけだ。
だから、神羅出資のリゾートとは言っても、正直、コスタみたいな華やかさはまったくなくて、特に、もう民家もなくなるこの辺りは、当時のロッジがいくつか残っているだけの、寂しい場所になっていた。そんなところだから、神羅の別荘といったって、コスタなんかにあるような、あんなものすごい豪華なもんじゃない。わりとこじんまりとした、まあ、そういったって、俺のミッドガルの家の10倍は軽くあるような家なわけだが、ロッジ風の建物だ。
もっとも、敷地だけはものすごく広くて、別棟のコテージも、四つあって、それなりに広い。こういうところを見ると、やっぱり神羅家ってのは、すごい金持ちだったんだなあ、と改めて思ったりする。

まあ、そんなわけで、俺は今まで、そのコテージでひたすら寝ていたわけだが、腹が減って起きてみたら、もう午後の2時を回った時間だった。
もう昼食には遅いが、とりあえず厨房に向かってみることにして、ごそごそと起きだした。
ここは、食事も最高だ。
なぜなら、元、神羅本宅の料理人が住みこんでいるのだ。
どうやら、ここに住みつくことになって、主任が連れてきたらしいが、ずっと社長の食事を作り続けてきた料理人は、社長の無事を知って、涙を流して喜んだらしい。もっとも、ここ最近、社長は、ほとんどものも食べられなくなっていて、食事の量も、驚くほど少なかったから、ほとんど、俺たちのために作ってくれてたようなもんだ。
もっとも、こんな風に生活が整うまでは、いろいろ大変だった。
洞窟から社長を助け出して、ここに来たときは、なにもかもが、めちゃくちゃな状態だった。
運命の日から、四か月くらいは過ぎていたけど、まだまだ生活物資も燃料も、すべてが不足してたし、もちろん、食料の調達ですら、すごい苦労をしなきゃならなかった。
キルミスターに言われて俺たちが集めた患者たちは、もともとがカームの住民だったこともあって、わりとすぐに、自分たちで共同体みたいなものを作って生活し始めたけど、それでも、食料だの、燃料だの、必要なものは後から後から出てきて、それを取りまとめて、きちんと平等に、患者たちに行きわたるようにしなきゃならなかったり、と、思った以上に、大変なことだった。
俺たちの中でそれができるとしたら、主任だけだったけど、主任は主任で、キルミスターの要求も聞かないとならなかったし、俺たちへの指示もしないとならなかった。患者はどんどん増えるし、とにかく、てんやわんやだったところに、社長が戻ってきたんだ。
たぶん、俺が、社長の本当の力を知ったのは、その時だったと思う。
いやもちろん、社長ができる人だ、ということを知らなかったわけじゃない。
主任が、古代種の神殿で行方不明になってからは、俺が社長に張り付いていたんだ、その仕事ぶりを見ていれば、社長の頭がやたらときれるとか、記憶力が異様にすごいとか、そんなことは、間近で見て、よくわかっていた。
でも……やっぱり俺の中の社長のイメージは、主任がベタベタに惚れてるとか、愛人がいっぱいだとか、なんというか、そんな感じの方が正直、強かったのだ。
でも、このクリフリゾートに社長が来た次の日。
汚れた白いスーツも脱ぎ、髪もきれいな金髪に戻った社長が、朝一番に言った言葉は
「今、ここがどうなっているか、全て報告しろ」
だった。
社長も、星痕症候群に罹ってしまっていたし、この四カ月の監禁生活は、決して楽なものではなかったはずで、その証拠に、社長はもともと、華奢な感じの、ほっそりした体型だったけど、さらに、ものすごい痩せてしまっていた。それに、あちこちの怪我も治りきっていないのに、無茶な生活をさせられて、ムチうちも、足の骨折も悪化していたみたいだった。
たぶん、体調も悪かっただろうし、痛みも相当、あったんだろうと思う。
それでも、社長は、そんなことは、俺たちにはまったく見せなかった。
いつものクールで冷静な顔で、主任の報告を腕を組んで聞きながら、次々と命令を下していった。
そうこうしているうちに、リーブ部長がやってきて、今の世界の状況を報告していき、そして、元タークスのヴェルド主任がやってきて……と、あっという間に、ここに、神羅カンパニーが復活したみたいだった。
そして、クリフリゾートも、あっという間に、秩序ができた。
そのとき初めて、社長が、ただの神羅の後継者、というんじゃなく、本当に実力のある経営者なんだってことを、俺は、知ったのかもしれなかった。

まだ寝ているらしいルードはそのままにして、コテージを出ると、ものすごくいい天気だった。
仕事の鬼みたいな主任は、さすがにもう、オフィスあたりにいるんじゃないかと思ったものの、オフィスは無人だった。
それで、社長室をのぞいたわけだが、そこも無人。
待てよ、と俺は思った。
社長は、おそらく、このドアの向こうの寝室にいる。
主任は……どこだ……?
主任のことだ、たとえ休日だとしても、昼も回った時間まで寝ているとは考えにくい。
俺は、思わず、にんまりと笑った。
一足す一は、二だ。
そうかーーーそうか、主任、とうとうやったのか!
昨日の今日で、あの、自制心の固まりの主任にしては行動が早いな、とも思うが、まあ、さすがの主任も頑張ったんだろう。昨日、教会の泉で、社長の裸を見たらしいから、火がついたのかもしれない。
てことは、この中には………
思わず、色っぽい社長の姿を想像して、鼻血を吹きそうになる。
二人で寝てるんだろうか……それとも……真っ最中とか……?!
不意に、ガチャリと内側からドアが開き、俺は、びっくりして固まった。
「……レノ?」
出てきたのは、主任だった。
思わず、全身をチェックしてしまったが、どこにも色っぽいことを想像させるようなものはなく………いつものスーツに、手には、書類を持っている。
「どうしたんだ、こんなところで」
「あ……いや、腹が減ったな、と……」
「ああ、厨房に頼んでくるといい。用意だけはお願いしてある」
ちらっと寝室の中を見ると、社長がベッドの上に座って、手に持った書類に、目を落としていた。
なんだよ、ただ、仕事してただけかよ……とがっかりする。
やっぱりここは、俺が一肌脱がないとだめみたいだ。
「社長ー、入るぞ、と」
主任と入れ違いに室内に入っていくと、書類に目を落としていた社長が、ちら、と俺に目を向けた。
「気分はどうかな、と」
「悪くはない」
社長は、いつものそっけない口調でいった。
といっても、これは別に機嫌が悪いわけじゃない。
社長は、あまり感情を面に出さない。といっても、主任の無表情鉄仮面とは、また違った意味で、だ。
主任の場合は、もともと持ってる情の深さを押し殺してきたようなところがあって、意識して表情を消しているようなところがある。
だけど、社長の場合は、違う。
たぶん、この人は、あまり笑ったことがないんじゃないか、と思うことがある。
いや、もちろん、皮肉っぽい笑いとか、ちらっと唇をあげて笑うとか、そういうのは、よく見たことがある。
そうじゃなくて、大声をあげて、笑うなんてことはたぶん、したことがないんだと思う。
それはそうだろう。小さい時から、家庭教師がついていて、学校にはあまり通っていなかったらしかったし、十六歳でカンパニーの副社長、その後は、四年半も、地下に監禁されてた。だから、たぶん、同年代の友達と、馬鹿話をして、大笑いするとか、そんな経験は、たぶんないんだと思う。
だから、わざと感情を面に見せないでいる、というよりも、なんとなく、感情をあらわすのが苦手のような気がするのだ。
もっとも、最近は、昔よりは感情を見せるようになったと思う。
その証拠に、今も、そっけない口調と態度のわりに、その醸し出す雰囲気は柔らかい。
原因は、たぶん、今、出て行ったもう一人の無表情鉄仮面にあるんだろう。
もっとも、二人とも、そのことには気が付いてないんだろうけれども。
「昨日話してた、休暇のことなんだけどな、と」
ベッドに近づきながら言う。
「ああ、とっていい」
俺が言い終わる前に、社長は、あっさりと言った。
目は手元の書類に向けたまま、だ。
もちろん、社長はそう言うだろうと思っていた。
余程の事情がなければ、前言を撤回するような人じゃないからだ。
だけど、俺の計画を達成するためには、俺一人が休みを取っても意味がない。
「あーそれで、一人で遊びにいってもあれなんで、ルードと一緒でもかまわないのかな、と」
「かまわん」
これまた、間髪いれずに、あっさりと答えが返ってくる。
本当に、即断即決の人だ。
だが、もう一押し。
さすがに、これには渋い顔をされるか…と思いつつ、言葉を続ける。
「あー…あと……」
思わず、言いよどんだ俺を、社長はちらりと見上げた。
「なんだ」
「……その、あれだ、イリーナを一人で休みを取らせるってのも何なんで……イリーナも一緒で、いいかな、っと……」
我ながら苦しい言い訳だ。
だが、これは、社長と主任のためなんだ。がんばれ、俺!
「あー、あれです、課内旅行ってヤツ!やってみたかったんだぞ、っと」
その瞬間、社長のきれいな瞳が、まっすぐに俺を見つめた。
思わず、心臓が大きく音を立てて跳ねたのを感じる。
といっても別に、怒りや非難の色があったわけじゃない。
ただ、その射貫くような視線に、心の中がすべて読み取られそうな気がしたんだ。
だが、次の瞬間、ふっとその呪縛が解けた。
社長の口元が、わずかに緩んだことに気付く。
ほんのわずかな動きだが、確かにそこに、かすかな笑みがあったことに気付き、俺は目を瞬かせた。
だがそれも一瞬のことで、向けられた時と同じように、唐突に、社長の視線は俺から逸れた。
そして
「かまわん」
再び、目を書類に戻し、指先でページをめくりながら、あっさりと、社長は言った。
「え……」
思わず、聞き返す。
いや、もちろん、まったく勝算がなかったわけじゃない。
社長は、細かいことは気にしない人だ。
それに、昨日の様子からしても、たぶん、3人で休みを取りたい、と言っても、許可してもらえるんじゃないかな、とは思っていたんだ。
でもここまであっさり許してもらえるとは、思っていなかったというのが本音で。
社長は、そのページは見るべきものがなかったのか、ざっと視線を動かしながら、もう一度ページをめくった。
「3人で休みを取りたい、ということだろう?かまわない。ゆっくり休め」
だが、その時だった。
「レノ!何を言っている。おまえたち3人がそろっていなくなったら、社長をお守りできないだろうが」
どうやら、社長になにかの薬を持ってきたらしく、水の入ったグラスと錠剤をトレイに載せて戻ってきた主任に、怒鳴りつけられた。
やっぱり、と思わず、ため息が漏れる。
そう、実は、社長の方はあまり心配していなかったのだ。
問題は、この、まじめ、の上に、くそ、がつく上司の反応だった。
いやいやいや、主任のためなんだぞ、これは。
「いや、でもそこは、ほら……」
「少なくとも、一人は残れ」
問答無用とばかりに言われ、助けを求めようと、社長に目を向ける。
社長は、俺たちの会話など、聞いてもいないような顔で、主任が差し出した薬を口に入れ、グラスに口をつけて水を飲んでいた。
俺の視線に気がついたのか、グラスの向こうで、社長の蒼い瞳が、一瞬、俺のほうに向けられた。
目が合った瞬間、俺は、悟っていた。
社長は、俺の意図をお見通しだったんだ。
さっきの、ちらっと口元に浮かんだ笑みは、そういうことだったんだ。
つまり、お見通しで、それを許可したってことは………え、まさか。
社長はokってことなのか?!
つか、もしかして、待ってるとか?!!
主任!主任!!据え膳だよ、据え膳!!!
「社長も、そんなにあっさりと許可しないでください」
だが、主任は、まったくわかっていないようだった。はー、この人は、なんであんなに頭がいいのに、こういうことに関しては疎いんだろうなあ、とため息をつく。
「ツォン、おまえはいるのだろう?」
薬を飲み終えて、グラスを差し出した社長が、静かな声で言った。
「は?……はい、それはもちろん」
「それなら、かまわん。おまえ一人で私くらい守れるだろう?」
社長がちらりと、主任を見上げる。
うわーーうわー……流し目きたよ。
一瞬、主任が言葉に詰まる。
「いえ、でもそれは……」
「この二年間、休みらしい休みもなかったことだしな。一週間くらい、問題ないだろう」
しぶる主任に、社長が静かに言う。
「それに、急ぎの仕事があるわけでもない」
さすがの主任も、社長の言葉には、逆らえない。
主任は、しばらく、考え込んでいたが、やがて、あきらめたようにため息をついた。
「わかりました……ですが、四日です」
「えええええ」
思わず、不満の声をあげた俺を、主任はじろり、と睨んだ。
「三人同時にいなくなるのは、四日だけにしろ。残りは、別々にとれ」
こんな機会、めったにないのだ、一週間くらい海でのんびりしたいところだったが仕方がない。
それに、俺の目的は達成したんだ。
社長と主任、二人だけの四日間だ。
想像すると思わずにやけそうな顔を引き締め、了解だぞ、と、と俺は呟いたのだった。

というわけで、無事、休暇をとることになったわけだが、さすがに、じゃあ、明日から、というわけにもいかなかった。
ルードと二人なら、適当にふらっと出かければいいが、イリーナにとっては、そんなに簡単に行くものではないらしい。
普段、俺たちに混ざって仕事をしているときは、そんなことは忘れているが、服が!水着が!と言ってるイリーナは、やっぱり女の子で、フェミニストな俺としては、引きずって連れていくわけにもいかなかった。
そんなわけで、来週から4日間の休みをもらうことになったわけだが、とりあえず、今日は、一日休みということで、俺たちは、山を下って、麓の町に買い物に出かけた。
本当はエッジに行きたいところだったが、今から、また行くのはちょっと厳しい。
そんなわけで、麓の町で我慢することにしたのだが、この町も、実はけっこう大きく、それなりに店も活気にあふれていた。
さんざん店をひやかして回って(イリーナが)、さんざん買い物をして(イリーナが)、さすがに疲れて、飯を食って、車でヒーリンに戻った。
二人は、そのまま、コテージにもどったが、俺は車を置きに本棟に行き、車のキーを戻そうと、オフィスに入った。
時刻は夜の10時を回った頃だった。
主任は、まだオフィスにいるかな、と思ったが、さすがに今日は、仕事の鬼も休み、ということなのだろう。オフィスは無人で真っ暗だった。
明かりをつけ、キーボックスに、車のキーをしまう。
そのとき、ふと、なにかを感じたのは、俺の嗅覚のなす技か。
俺は自慢ではないが、そういう空気には敏感だ。
そういう空気ってのは、あれだ。恋だの愛だの、まあ、そういった類のもんだ。
あとから考えれば、このときもそれが働いたんだ。だって、なにかの物音がしたとか、声がしたとか、そういうんでは全然なかったんだ。
たぶん……なにが起こっているかは、俺はわかっていた。
本当は、ここで、素知らぬふりをしてやるのが、大人の対応ってやつなんだろう。
でも、好奇心に負けた。
いや、だってそうだろう?あの、主任と社長だ。
鉄仮面で、自制心の固まりみたいな、主任と、クールでえらそうで、人形みたいにきれいな社長だ。この二人がどんな風に抱き合うか、なんて、俺じゃなくたって、興味があるはずだ、たぶん。
俺は、そっと、オフィスを抜け、廊下を歩いて行った。
そこでも物音もなにもしなかった。
昔、神羅の本宅も別荘も、ちょっとした要塞になるくらいの造りになっている、と聞いたことがある。だから、ここも、いろいろ、強固な造りになっているんだろう。
社長室にとりあえず、入ってみる。やっぱり、そこもすでに照明は消され、真っ暗だった。
だが。
その奥にあるドア。
そのドアが、ほんの少しだけ、隙間をあけて開いていた。
その隙間から、明かりが漏れている。
もちろん、そこは社長の寝室だ。
俺は、そっと足音を忍ばせて、近付き ――――  そして、見てしまった。
ベッドの上に社長が横たわり、その上に、主任が覆いかぶさっていた。
主任は、まだ服を着たままだ。だけど、社長は、バスローブのようなものが下半身にわずかに引っ掛かっているだけで、上半身はほとんど露わにされ、その真っ白い肌が、主任の身体の下からのぞいていた。
主任の唇が、社長の喉から、胸元におりていく。
社長の細くて白い腕があがり、主任の頭を抱きかかえるようにする。
主任の唇が、社長の胸元を愛撫し、社長が気持ちよさそうに、喉をのけぞらせた。
その、殺人的な色っぽさに、俺は、くらくらした。
が、ふと視線を感じ、俺は固まった。
社長の蒼い目が、ぴたりとこっちを見ていた。その瞳は、快楽に潤んでいたけど、しっかり理性を保って俺に向けられていた。
(やべえ……)
と思うが、あとのまつりだ。
身体が硬直して動けない。
だが、ふと、こちらに向けられていた切れ長の目が、わずかに細められた。
社長が笑ったのだと気づくのに、しばらく時間がかかる。
そして、蒼い瞳が、少しだけ動いた。
(あっちにいけ)
というように。
おれは、そーっと、ドアを閉まるか閉まらないかの位置まで戻し、足音を忍ばせて、社長室を出た。
そこで、はーーーっとため息をつく。
社長には、勝てない。
やばい、まじで惚れそうだ、と思った。
しかも、ふと、覚えのある感覚に、下を見ると……俺のものが、しっかりと反応していた。

そして翌朝。
「おはようございますー!」
イリーナの、やたらと明るい声が、がんがんと頭に響く。
結局、俺はあの後、社長のめちゃくちゃ色っぽい顔がちらついて眠れず、酒を飲んだはいいが、飲みすぎて、今朝は、もうへろへろな状態だった。
「おはようだぞ、と」
呟くように言って、3人で、オフィスに入れば、いつものように主任はすでに席について、仕事をしていた。
いつものように、顔をあげ、俺たちに軽くうなずいてみせる。
まったくいつもと同じ様子に、おれは、なんとなくおもしろくない気分だった。もちろん、そんなのは八つ当たりだってわかっていたけど、どうしようもない。
だが席について、隣のイリーナが、こそこそと囁いてきた。
「主任、なんか、いいことでもあったんですかね。なんか、すごく機嫌よくないですか?」
俺は、思わず、この、天然だとばかり思っていた後輩の顔を見つめてしまった。あの、鉄仮面の表情を読むとは、さすが、ツォン親衛隊を名乗るだけある。
だが、改めて主任をよくよく見てみれば、確かに、目が、違う気がした。なんというか、いつもより、少しだけ、柔らかい。
向かいの席を見ると、ルードも、主任を見ていた。
俺の視線に気づき、こっちをちらっと見る。だが、そのまま、何事もなかったように、デスクに目を落とした。
ルード、おまえはいい奴だな。
俺は心の中で、ひそかに笑った。
主任、もう、ルードにもばれましたよ、っと。
イリーナは、天然だからあれだが、まあ、時間の問題だろう。
俺の、みんなで休暇とって、主任にチャンスをあげよう計画は、どうしてくれるんだ、と思ったが、まあ、ラブラブな四日間をプレゼント、と思えば、いいか。
だが、なんとなく、やっぱりおもしろくない。
「あーちょっと、社長のところに」
と言って、立ちあがりかけたら
「まだ、きょうはお休みだ」
と、すかさず、主任から声がかかった。
まるで、待ち構えていたみたいなその反応に、俺は、心の中で、くっくっと笑った。
もちろん、無表情鉄仮面は、顔色ひとつ変えず、なにかの報告書に目を落としているが、おそらく、心の中は、大慌てに慌てているはずだ。
「珍しいですねー」
と、イリーナが目を丸くする。
「どんなに具合が悪くても、朝は必ず、起きられるのに。また、どこか、具合がお悪いんでしょうか」
すげー爆弾だ、と俺は、また、心の中で、腹を抱えて笑った。イリーナ、よくやった。天然だからこそできる、直球ストレートだ。
だが、さすがタークスの主任。顔色は、まったく変わらなかった。
「いや……お疲れのようだ」
お疲れねえ……と、ひそかに含み笑いをする。
「……星痕が治って、久しぶりに熟睡されているんだろう」
「そっかー。それならいいですけどね」
星痕が治ったせいじゃないよなー熟睡は!と思うが、これ以上、生真面目な上司をいじめるのもかわいそうなので、スルーすることにする。
まあ、でも、あの社長をひとり占めできるんだ。これくらいは、罰あたらないよな、と思う俺なのだった。

END

2011年6月23日  up

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