Whatever the Cost

「目を開けなさい」
 耳元で、マッソウが囁いた。
 ユージィンは、首を横に振る。
 だが、もちろんそれでマッソウがあきらめるはずもない。
「さあ、目を開けたまえ」
 あやすように、もう一度囁き、ユージィンの首筋をきつく吸い上げた。
 マッソウは、寝室では、絶対に服従を強いる。
 というよりも、おそらくユージィンが逆らうなどとは思ってもみないのだろう。
 事実、ユージィンは抵抗はしても、マッソウの望みを拒否したことは、今まで、一度もない。
 マッソウの口調には、絶対に相手が従うものだという確信が満ちており、ユージィンの心に、苛立ちが生まれる。
 だが、もちろんユージィンがそれを面に出すことはない。
 マッソウに抱かれるようになってから、数ヶ月が過ぎようとしているが、ユージィンにとって、この関係が、絶対に壊してはならないものであるということは、もちろん、今でも変わりはない。
 とにかく、自分が力を手に入れるまでは、なんとしてもマッソウを取り込んでおかなければならないのだ。
「さあ」
 なかなか、言うことを聞かないユージィンに、もう一度マッソウが囁く。
 ユージィンは、ゆっくりと目を開けた。
 自分の目に何が映るか、など、目を開けてみる前からわかっている。今までも、何度も見せられているものだからだ。だが、そうは言っても、なかなか慣れることのできるものではない。
 前の壁に寄せて、どっしりとしたクローゼットが置かれている。その扉にはめ込まれた鏡が、ベッドの上をはっきりと映し出す。
 シーツの上に膝をつき、身体を後ろから男に抱きかかえられ、こちらを見返しているのは、まぎれもなく自分だ。
 ユージィンは、一瞬、それをちらりと見やると、すぐに顔をそむけ、目を閉じた。
 マッソウが低く笑う。
「目を閉じるんじゃない。よく見なさい」
 マッソウの指が、後ろからユージィンの顎をとらえ、まっすぐに前に固定した。
「…カール…お願いですから…」
 ユージィンは、小さくつぶやき、マッソウの強い指から逃れようと、首を振った。
「どうして恥ずかしがることがある?」
 マッソウは、強くユージィンの顎を捕まえたまま言った。
「見てみなさい。君はきれいだよ。こんな姿を見ていると、ますます、そそられる」
 そしてわずかに腰を引くと、もう一度、今度はさらに深く、ユージィンの中に身体を進めた。
「あっ・・・!」
 激しい突き上げに、ユージィンは、がくりと前のめりに倒れ、シーツに両手をついた。
 だが、胸の前に回った手に強引に身体を抱き起こされ、顎を取られ、前を向かされる。
「ユージィン、さあ、目を」
 身体の動きを止めたマッソウが囁く。
 ユージィンは、再び、そろりと目を開けた。
 落ちた前髪を汗で額にはりつかせ、唇をかすかに開いた自分と目が合う。
「そう、いい子だね。そのまま見ていなさい」
 マッソウは微笑むとユージィンの身体を抱きしめたまま、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 その動きに合わせて、ユージィンの身体が前後に揺れる。
「・・・見てみたまえ・・・いやらしいね・・・」
 ユージィンは、身体をふるわせながら、唇をかみしめた。
「こういうのもいいだろう?」
 マッソウが小さく微笑み、ユージィンの首筋や肩に口づける。
(いいわけがない・・・)
 ユージィンは、あえぎながらも、心の中でマッソウを罵倒した。
 男に抱かれる自分の姿など、吐き気をもよおす代物以外の何ものでもない。
 だいたい、自分の身体そのものが、ユージィンは大嫌いなのだ。
 男にしては皮膚の薄い、白い肌、背の高さのわりになだらかな肩、細い首、その上にのる顔も小作りで線が細く、目ばかりが目立つ。
 普段、服を着ていてさえ、見るのも嫌な姿だというのに、そのすべてがさらけ出されている状態で、鏡など見たいわけがない。
 ユージィンが理想とする姿、それは、広い肩幅、力強い四肢、しっかりとした首筋を持つ、たくましい青年の身体だ。
 そして、それは容易に頭に描き出すことができる。
 そう、ヴィクトールの姿を思い浮かべればいいのだから。
 一目見た時から、恋いこがれるような激しさで、見つめ続けてきたヴィクトールだ。
 今すぐ、スケッチブックに書いて見せろといわれても、すぐに鮮明に描き出すことができるほどに、その姿はユージィンの瞼の裏に焼き付いている。
 あこがれ、渇望し、見るたびに、見惚れるその姿。
 だが、ヴィクトールに比べ、自分はなんと醜いのだろう。
 鏡の中の醜い姿は、受け入れた男の身体の動きに合わせて、いやらしく腰を蠢かせ、快楽に顔を歪め、これでもか、というほどの醜さをさらけ出している。
 その醜悪さは、まったく、耐え難い。
 こみあげてきた吐き気を、喉を鳴らして、飲み下し、こらえる。
 ふと、頭の隅で、ざわりと何かが立ち上がる感触に、ユージィンは目を見開いた。
(・・・出て・・来るな・・・)
 ユージィンは、激しく首を振った。
 だが、その瞬間、頭の隅で聞き慣れた、憎々しい声が響いた。
(まるで娼婦だな、いいざまだ)
(・・・うるさい・・・・)
(そんなことまでせずとも、わしを頼ればいいものを、相変わらず馬鹿な奴だ)
(黙れ!)
 ユージィンは、目を閉じ、もう一度、首を振ろうとしたが、後ろからぐいと顎を引かれて、目を見開いた。そのまま、首をねじ曲げるようにして、後ろを向かされ、唇をおおわれる。
(・・・・・・まったく、似合いの格好だな!)
 頭の隅に響き渡る哄笑・・・。
 ユージィンは、首を振りマッソウの唇から逃れた。
 マッソウが小さく笑い、ユージィンの腰を両手で掴んでぐいと引き寄せる。
 胸の支えを失って、ユージィンはベットの上に崩れ落ちた。
 とっさに伸ばした手も身体を支えられず、腰をマッソウに抱きかかえられたまま、シーツの上に這いつくばる。
 苦しい体勢に眉を寄せ、上体を起こそうとしたが、腰をぐいと上に引き上げられ、さらに高くあげさせられて、またベッドの上に倒れ込む。
 次の瞬間、深々と貫かれ、ユージィンはシーツを握りしめて、うめいた。
 姿勢が変わったことで、さらに奧までマッソウの身体を押しこまれ、いっそう深く身体を押し開かれる。
「あ・・・・・ああ・・・・ッ・・・」
 マッソウが、激しくユージィンの身体を突き上げる。
 奧を突かれるたびに、ユージィンの喉の奧から、うめきともあえぎともつかぬ、吐息まじりの声がもれる。
(鏡を見てみろ。本当におまえは男か? そんな女みたいな声を出して、恥ずかしいと思わんのか?)
(黙れ! これはおれの身体だ! どうしようと勝手だ!)
(おまえのものではない! わしのものだ。さっさとあきらめて、わしに寄越すがいい)
(冗談じゃない!!)
(わしなら、娼婦の真似などせずとも、目的を達成できる。さあ、息子よ、おとなしく、わしに従え)
(うるさい!! 娼婦? 上等じゃないか。おまえに乗っ取られるより、ずっとましだ!)
 ユージィンは、頭の中の声を振り払うように、もう一度首を振った。
 そして、唇を噛みしめて目を開け、顎をシーツに押しつけたまま、鏡の中で蠢く二つの肉体を見据えた。
(よく見ろ)
(自分が何をしているか、よく見ろ)
(目をそらすな)
(娼婦だろうと何だろうと、かまうものか)
(力を手に入れるのだ)
(自分だけの力で、さらに巨大な力を、手に入れるのだ)
(そのためなら、何だってするのだろう?)
(男に抱かれるくらい、なんだと言うのだ)
(目をそらすくらいなら、始めから、こんな道を選ぶな!)
 頭の中で、バカにしたような笑い声が響く。
(いくら自分に言い聞かせても、無駄だぞ・・・・お前は自分が思うほど、強くもなければ力もない・・・・本当は、嫌でたまらないのだろう? 助けてほしいのだろう?・・・強情を張らずに助けてくれ、と一言、言えばいいのだ。昔のようにな・・・・そうすれば、わしがいつでも助けてやるものを・・・・・・)
(助けなど!・・・・助けなど、いらない!!)
(そうか?・・・・昔もよくそう言ったな。だが、その舌の根も乾かぬうちに、泣きわめきながら、助けて、と呼びかけてきたのは誰だったかな?)
 しわがれた声が揶揄するような響きを帯びる。
(・・・・・おれは、もう、あのときの子供とは違う!・・・もう、自分でなんでもできる!)
(・・・ほう・・・・大きな口を叩くようになったもんだな・・・・・まあ、いい・・・・その男に抱かれたいなら、そうすればいい。見るもおぞましい姿を、そうやってさらしているがいい・・・)
 毒々しい哄笑。
(さっさと消えろ! 消えてしまえ!!)
 ユージィンは、鏡の中の青緑の瞳を、まるで、それがヘルででもあるかのように、睨みつけた。
(言われんでも、消えてやる。まったく、見ていると吐き気がしてくるからな)
(失せろ!!)
(せいぜい、腰を振ってその男を悦ばせるといい)
 再び、頭の中に哄笑が響き渡る。
 すさまじい頭痛に、ユージィンは、うめいてシーツに額を押しつけた。
 やがて、ゆっくりと、邪悪な存在の気配が消えていくのを感じ、ひそかにため息をつく。
 だが、その瞬間、ぐいと身体の最奥を強く貫かれて、思わず悲鳴をあげた。
「カ・・・カール・・・・・・・」
 鏡に目をやると、マッソウが片頬に皮肉めいた笑みを浮かべて、見つめていた。
 だが、その目には、わずかな苛立ちの色がある。
「刺激が足りないのかな?」
「・・・・え?・・・・」
 ユージィンは、いぶかしげにマッソウを見上げた。
 だが、マッソウは無言でユージィンの身体から己を引き抜き、いくぶん乱暴にユージィンの身体を仰向けにひっくり返した。
 そして、ユージィンの足を開き、肩の上に抱え上げる。
 腰が宙に浮くほど足を抱え上げられたユージィンは、あわてて両腕をシーツにつき、自分の身体を支えた。
 マッソウは唇を歪め、困惑したような視線を投げているユージィンを見つめた。
「人のベッドでため息をつくのは、失礼だよ」 
 ユージィンは、はっと、息をのんだ。
「・・・・すみません、そういうわけでは・・・・・・」
 マッソウは、小さく笑った。
「まあ、いいが・・・・少しプライドが傷ついたのでね」
 そう言うと、ユージィンの腰を掴み、一気に中に押し入った。
「あッ・・・・く・・・ッ・・」
 ユージィンの身体が、衝撃にのけぞる。
 逃れようとした腰を引き寄せて押さえつけると、強引に根元まで己を押し込んでいく。
「あッ・・・・・ああッ・・・・」
 やがて、すべてを、その細い身体に飲み込ませると、ユージィンの下腹部に手を伸ばし、明らかに快楽を示しているものに、指をからめた。
「う・・・ッ・・・」
 巧みな愛撫にユージィンの全身が震え、マッソウを受け入れた部分がきつく締まる。
 マッソウは、快楽に熱い吐息をもらすと、いくぶん残忍な匂いのする薄い笑みを浮かべた。
「ため息など、つかせないよ。覚悟しておきたまえ」
 ユージィンのものを指で愛撫しながら、ゆっくりと身体を動かす。
 きつくマッソウを締め付けるそこを、押し開き何度も突き上げる。
 次第に激しくなるその動きに、ユージィンの喉からもれていた、あえぎ混じりの声が、せっぱ詰まった響きを帯びた甘い悲鳴に変わっていく。
「・・・ユージィン・・・・・感じているかね?」
 ユージィンは、声を抑えることもできず、とぎれとぎれの悲鳴をあげながら、シーツにしがみついた。
 流されていく。
 否応なく、快楽に流されていく自分をどうすることもできない。
(「その男に抱かれたいなら・・・」)
(抱かれたいわけがない! ただの取引だ!!)
 必死で心の中で叫びつつも、身体は快楽に溺れ、次第に意識さえもその快楽に乗っ取られていく。
 流されまいと抵抗し、快楽を否定しようとするには、自分の身体が、もはや、後戻りできないほど、快楽に浸ることを覚えさせられたことに、嫌でも気づかされる。
「・・・ああッ・・・あ・・・・・・」
「いいか?」
「・・・あッ・・・・・」
「感じるかね?・・・」
 ユージィンは、無意識のうちに、何度もうなずいていた。
「そうか」
 マッソウは満足げに微笑んだ。
「さあ、ごほうびだよ」
 激しく貫かれ、巧みに愛撫されて追い上げられ、とうとう、ユージィンは頂点に達した。
 気が遠くなりそうな快感に、ユージィンは声も出せずに全身を震わせ、身体を反り返らせた。
 詰めていた息を吐き出し、荒い息をつきながら、ゆっくりと身体の緊張を解いていく。
 だが、その瞬間を見計らったかのように、受け入れさせられたままだったものが、体内で大きく動き、目を見開いた。
 再び、深く身体を貫かれ、容赦なく何度も突き上げられて、かすれた悲鳴をあげる。
 まだ、先ほどの絶頂感の名残に震える体が、新たな快感を受け止めきれない。
 ユージィンの目から涙がこぼれおちた。
「も・・・もう・・・・やめ・・・・・・く・・だ・・・さい・・・・・」
「だめだよ。覚悟しておくように、と言っただろう?」
 マッソウが小さく笑い、容赦なくユージィンの身体を攻め立てる。
 もう、どうすることもできなかった。
 ひたすら、身体を揺すられ、好きに扱われ、ただ悲鳴をあげていることしかできない。
 わずかに残った意識を塗り尽くすのは、耐え難い屈辱感だ。
 そして、最悪なのは、確かに自分はえもいわれぬ快楽を感じ、自分の身体は意志に関係なく、さらなる快感を得ようと、貪欲に蠢いているという事実だった。
(堕ちる・・・・・・)
(堕ちていく・・・・)
 快楽に浸りきり、朦朧となった意識の中で、つぶやく。
(だが、これしか・・・・方法がないなら・・・・・・・)
(堕ちるまでだ・・・・・・)
(どこまでも・・・・)
(堕ちて・・・・・)
 やがて、意識のすべてが快楽に乗っ取られる時がやってくる。
 もう、何も考えられない。
「・・あ・・・・ああッ・・・・・」
「・・・・ユージィン・・・!」
 強く抱きしめられ、ユージィンもまた、マッソウの身体にしがみついた。
 そして、二つの身体は熱く、もつれ合い、からみ合いながら、快楽の中に埋没していった

END

ブックマーク へのパーマリンク.

コメントは停止中です。